火病ではありませんが...②
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/03/19 16:24 投稿番号: [427 / 15709]
>このような風土が不満だったためか。才気と天才性、博覧強記で一時代を風靡した无涯(ムエ)の梁柱東(ヤン・ジュドン、1903〜1977)先生は〜(中略)〜先生はタクシーの運転手に「国宝が乗ったから、ことさら運転に気を付けなさい」と言ったり、路上放尿を取り締まる警察官には「国宝を知らないのか」と厳しく叱ったりしたという。
この人物については全く知識は無いのですが...
「国宝が乗ったから、ことさら運転に気を付けなさい」とか、「注意した警官に「国宝を知らないのか」と厳しく叱った」とか。
人間国宝とは、その人物が有する技芸・実績(時に名声)に対しての賞賛であり、その人物の社会的な地位(民主社会では不適切な表現ですが)が高いというわけではないと思うのですが。(しかも、この人「自称」)
素晴らしい業績を上げた人だったようですが、「人間国宝」と言うには当人の認識は著しく偏狭な認識を持っておられたようだ...
>韓国は5000年の歴史にふさわしく、数多くの国宝級の有形文化財を持っている。しかし、人間に対する評価と待遇は極めてけち臭くて「国宝級人間」どころか「尊敬される元老」も探しにくい。
「ウリナラ半万年」は置いといて。
「人間に対する評価と待遇」
「評価」は真に評価されるべき人なら、どうやっても結局は評価されるでしょう。
むしろその事を「待遇」に直結してしまう思考が、最初のボタンの掛け違えなのでは?
>韓国に人間国宝がいないのはそれに相応しい人物がいなかったからではなく、人物を育てないうえに、何かあればどのようにしてでもおとしめようという韓国社会の風土にもっと大きな責任があるかもしれない。
「責任があるのかもしれない」ではなく、
「責任がある」のだと思いますが...
何か、「読書感想文」もどきになってしまった...
これは メッセージ 426 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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