Re: アル(`ハ´ )掲示板支那の鮮択
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2012/08/16 23:46 投稿番号: [6279 / 6946]
18 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´
)さん:2012/07/26(木) 11:49:19.36 ID:Rdb/Dt56
ヘレン・ミアーズ氏(GHQメンバー)
「なぜ日本が韓国国民を「奴隷にした」と非難されるか理解できない。
もし奴隷にしたならば、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。
日本の韓国での行動は全てイギリスの同盟国として「合法的に」行われたことだ。
国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。
しかも原則は日本が作ったものではない。欧米列強が作った原則なのだ。
1910年、日本が韓国を併合したのは、韓国皇帝が「請願」したからだ。
歴史家は、日本は欧米列強から教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、とほめるのだ」
台湾は清から日本に割譲された土地であり、大日本帝国に参画した責任がないからだ。
しかし、朝鮮は1910年の併合条約で朝鮮王朝、朝鮮政府の意思に基づいて大日本帝国に参画した。
また台湾人は、参政権&被参政権を得ることも、日本軍の士官になる事も出来なかった。
ところが、朝鮮人は、日本に暮らしさえすれば参政権&被参政権を得ることができた。
その為、2回も代議士になった朴春琴(paku chungumu) や帝国議会の貴族院にいた朴泳孝(paku yonhyo)を初め、
戦争末期には、何と7人の朝鮮人が帝国議会の議席を得ていたのだ。
もちろん、参政権だけではない。
朝鮮人は、志願制が導入される以前から、士官学校に入学して、日本軍の士官になる事も許されていた。
この通り、韓国は被害者ではなく日本の戦争に加担した加害者だった。
↓毎度毎度の「日帝のせい」ネタある、民族精神年齢5歳の朝鮮奴、つくづく哀れアル・・(涙)
--------------------
聯合ニュース(韓国語) "朝鮮検視制も脈切れたのは日帝のせい"
http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2012/08/08/0901000000AKR20120808186500005.HTML
米国ではドラマの主人公として解剖検査医がよく登場する
ほど専門的な検死制度が整っている。実際、国家が法医学病理専門医を法医官(ME・Medical
Examiner)に任命して変死したすべての国民の死を直接見ている。
韓国がそうでない理由は何か。第一世代法医学者のムン・ククチン高麗(コリョ)大名誉教授は新
刊「死者の権利を語る」で韓国検死制度の限界を指摘する苦言を呈した。分かってみれば我が国
にも朝鮮時代から「民主的で非常に優秀な検死制度」が整備されていた。特に世宗(セジョン)時
代、法医学書『無寃録』により役人たちが必ず現場に出かけて死因を確認することを義務化する
ほど体系的な検視制度が構築された。
検視した結果は虎に噛み殺されたのか、雷にうたれて死んだのかまで区分し42種類の死因に分
かれ、最大6度まで再検査を実施するほど制度が透明に運用された。もし当時の社会的雰囲気
が解剖検査を許容していれば朝鮮時代の法医学は西洋医学を凌駕していると著者は分析した。
だが、日帝強制支配期を経てこのような検死制度の命脈が切れ現在までも後遺症が残っていると
いうのが著者の指摘だ。日帝は1925年4月、京城帝国大学医学部に法医学教室を作ったが韓国
人には入室が原則禁止されたためだ。
光復後には米国式医学教育を片っ端から持ってくることになって専門的な法医学者は養成されな
かった。著者は何より法医学専門医を至急養成すべきで、同時に初動捜査段階で検死手続きが
まず行なわれなければなければならないと強調した。検視官や法医官が事件現場で捜査官より
先に現場検証と証拠物収集を終わらせなければならないということだ。
検事と警察官、医師、裁判所など4つに分かれて分散している検死制度を合理的に改善する方案
も一日も早く整えなければなければならないと著者は主張した。著者はこの他にもベテラン法医
学者として現場をかけずり回った経験を土台に(米国ドラマの一場面を連想させる実際の解剖検
査事件も生き生きと記述している。
256ページ. 1万4千800ウォン.
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ヘレン・ミアーズ氏(GHQメンバー)
「なぜ日本が韓国国民を「奴隷にした」と非難されるか理解できない。
もし奴隷にしたならば、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。
日本の韓国での行動は全てイギリスの同盟国として「合法的に」行われたことだ。
国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。
しかも原則は日本が作ったものではない。欧米列強が作った原則なのだ。
1910年、日本が韓国を併合したのは、韓国皇帝が「請願」したからだ。
歴史家は、日本は欧米列強から教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、とほめるのだ」
台湾は清から日本に割譲された土地であり、大日本帝国に参画した責任がないからだ。
しかし、朝鮮は1910年の併合条約で朝鮮王朝、朝鮮政府の意思に基づいて大日本帝国に参画した。
また台湾人は、参政権&被参政権を得ることも、日本軍の士官になる事も出来なかった。
ところが、朝鮮人は、日本に暮らしさえすれば参政権&被参政権を得ることができた。
その為、2回も代議士になった朴春琴(paku chungumu) や帝国議会の貴族院にいた朴泳孝(paku yonhyo)を初め、
戦争末期には、何と7人の朝鮮人が帝国議会の議席を得ていたのだ。
もちろん、参政権だけではない。
朝鮮人は、志願制が導入される以前から、士官学校に入学して、日本軍の士官になる事も許されていた。
この通り、韓国は被害者ではなく日本の戦争に加担した加害者だった。
↓毎度毎度の「日帝のせい」ネタある、民族精神年齢5歳の朝鮮奴、つくづく哀れアル・・(涙)
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聯合ニュース(韓国語) "朝鮮検視制も脈切れたのは日帝のせい"
http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2012/08/08/0901000000AKR20120808186500005.HTML
米国ではドラマの主人公として解剖検査医がよく登場する
ほど専門的な検死制度が整っている。実際、国家が法医学病理専門医を法医官(ME・Medical
Examiner)に任命して変死したすべての国民の死を直接見ている。
韓国がそうでない理由は何か。第一世代法医学者のムン・ククチン高麗(コリョ)大名誉教授は新
刊「死者の権利を語る」で韓国検死制度の限界を指摘する苦言を呈した。分かってみれば我が国
にも朝鮮時代から「民主的で非常に優秀な検死制度」が整備されていた。特に世宗(セジョン)時
代、法医学書『無寃録』により役人たちが必ず現場に出かけて死因を確認することを義務化する
ほど体系的な検視制度が構築された。
検視した結果は虎に噛み殺されたのか、雷にうたれて死んだのかまで区分し42種類の死因に分
かれ、最大6度まで再検査を実施するほど制度が透明に運用された。もし当時の社会的雰囲気
が解剖検査を許容していれば朝鮮時代の法医学は西洋医学を凌駕していると著者は分析した。
だが、日帝強制支配期を経てこのような検死制度の命脈が切れ現在までも後遺症が残っていると
いうのが著者の指摘だ。日帝は1925年4月、京城帝国大学医学部に法医学教室を作ったが韓国
人には入室が原則禁止されたためだ。
光復後には米国式医学教育を片っ端から持ってくることになって専門的な法医学者は養成されな
かった。著者は何より法医学専門医を至急養成すべきで、同時に初動捜査段階で検死手続きが
まず行なわれなければなければならないと強調した。検視官や法医官が事件現場で捜査官より
先に現場検証と証拠物収集を終わらせなければならないということだ。
検事と警察官、医師、裁判所など4つに分かれて分散している検死制度を合理的に改善する方案
も一日も早く整えなければなければならないと著者は主張した。著者はこの他にもベテラン法医
学者として現場をかけずり回った経験を土台に(米国ドラマの一場面を連想させる実際の解剖検
査事件も生き生きと記述している。
256ページ. 1万4千800ウォン.
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これは メッセージ 6278 (cor*ano*raz*_*nfi*a さん)への返信です.
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