Re: さて
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2010/10/27 23:21 投稿番号: [4687 / 6946]
>杜甫先生は落涙物が多いですからな.
>おバカな弟子を抱えていた初代トピ主には,よく合います.
まず「杜甫」でgrosserさんの↓をリンクしろ!との意を解して貼っておくニダ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=2534
杜甫すなわち「トホ、(涙)orz」なので対日コンプレックスゆえに発狂したトホホorz鮮奴シブ猿に合うのは
あたりまえニダ。
以前にもこのトピのどこかに書いたニダが、新約聖書にでてくる”東方三賢人”の起源は
韓カテの”トホホ三鮮人”(シブ猿、猿クジ、獣ワン!)ニダ!?
杜甫の大先達たる中国古代の詩人の屈平(一般には屈原で知られる、名は平、字は原)も
ドーテイ湖の辺りを流離った後に世を儚んで入水自殺をしているニダ、端午の起源は屈原ニダ↓
http://www.kougetsu.co.jp/tango-iware.htm
勿論アルゼンチン・タンゴの起源も屈原ニダ、彼の霊を慰める為にドーテイ湖付近の土民が
踊ったのが起源ニダ!?
>舎弟のサルクジは…相変わらずの手淫浸りの日々(呵呵大笑!)
屈原はその詩「天問」で「何獣能言(物言う獣とはどんな獣だろう?)」と言ったニダが、屈原が現代に生きていれば
シブ猿や猿クジのような対日劣等感に押しつぶされ発狂、幼稚な罵倒三昧の鮮奴をみて答えを発見できたはずニダ。
ちなみに猿クジはデブにだ、奴のHPが以前に晒された時に奴の写真があり、四〇代と思われる冴えない顔した
背の低い鮮奴だったニダ、コイツがいかにこの韓カテで吠えまくろうと、この実像を知っている日本人は
「ギャハハ〜♪ 腐りかけの豪州逃亡鮮奴が生意気になにかホザいているよ、犬のサーカスよりは珍しいや、
ウエ〜ッハッハ〜♪」としか思わんニダ、哀れ猿クジ奴・・・・・(涙)。
屈原ついでに彼の詩で戦死した将兵の霊を祭る歌「國殤」を紹介しておくニダ。
原文↓
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p77.htm
訳も書いておくニダ、ネット上に見つからなかったので書籍「中国名詩選」(松枝茂夫編、岩波文庫)から引用ニダ。
-------- -
盾をとり、犀の皮の鎧に身をかため、敵味方の戦車がコシキを擦りあわせ、
互いに剣をとっての白兵戦となった。
優勢な敵軍の旗は日の光を覆わんばかり。敵兵の多いことは雲のようだ。
矢が雨あられと飛びかって落ちる中を、我が戦士は勇敢に先を争って進む。
しかし敵は遂に我が陣を侵し、我が隊列を突破してきた。我が戦車の左の馬は倒れ、
右の馬も傷ついた。車の両輪が土の中に埋まり、四頭の馬は動きがとれない。
それでもバチを取って進軍の太鼓を打ち鳴らす。
この敗戦に天も怨み神も怒った。戦士たちは無残にも殺し尽くされて、屍を戦場に
さらした。彼らは戦場に出ていったまま、遂に生きて帰ることがない。
平原は茫々として果てしなく、故郷への路は遠い。
戦死者は長剣を帯び、強弓を手挟んだまま、身首処を異にしても、その忠誠の心は
悔ゆることがない。まことに勇にして武、剛強で犯すことはできぬ。
その肉体は死んでも霊魂は滅びない。あっぱれ鬼(亡霊)中の英雄というべきである。
>おバカな弟子を抱えていた初代トピ主には,よく合います.
まず「杜甫」でgrosserさんの↓をリンクしろ!との意を解して貼っておくニダ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=0bfa4k7gbca8hd1na4naaabr&sid=1835396&mid=2534
杜甫すなわち「トホ、(涙)orz」なので対日コンプレックスゆえに発狂したトホホorz鮮奴シブ猿に合うのは
あたりまえニダ。
以前にもこのトピのどこかに書いたニダが、新約聖書にでてくる”東方三賢人”の起源は
韓カテの”トホホ三鮮人”(シブ猿、猿クジ、獣ワン!)ニダ!?
杜甫の大先達たる中国古代の詩人の屈平(一般には屈原で知られる、名は平、字は原)も
ドーテイ湖の辺りを流離った後に世を儚んで入水自殺をしているニダ、端午の起源は屈原ニダ↓
http://www.kougetsu.co.jp/tango-iware.htm
勿論アルゼンチン・タンゴの起源も屈原ニダ、彼の霊を慰める為にドーテイ湖付近の土民が
踊ったのが起源ニダ!?
>舎弟のサルクジは…相変わらずの手淫浸りの日々(呵呵大笑!)
屈原はその詩「天問」で「何獣能言(物言う獣とはどんな獣だろう?)」と言ったニダが、屈原が現代に生きていれば
シブ猿や猿クジのような対日劣等感に押しつぶされ発狂、幼稚な罵倒三昧の鮮奴をみて答えを発見できたはずニダ。
ちなみに猿クジはデブにだ、奴のHPが以前に晒された時に奴の写真があり、四〇代と思われる冴えない顔した
背の低い鮮奴だったニダ、コイツがいかにこの韓カテで吠えまくろうと、この実像を知っている日本人は
「ギャハハ〜♪ 腐りかけの豪州逃亡鮮奴が生意気になにかホザいているよ、犬のサーカスよりは珍しいや、
ウエ〜ッハッハ〜♪」としか思わんニダ、哀れ猿クジ奴・・・・・(涙)。
屈原ついでに彼の詩で戦死した将兵の霊を祭る歌「國殤」を紹介しておくニダ。
原文↓
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p77.htm
訳も書いておくニダ、ネット上に見つからなかったので書籍「中国名詩選」(松枝茂夫編、岩波文庫)から引用ニダ。
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盾をとり、犀の皮の鎧に身をかため、敵味方の戦車がコシキを擦りあわせ、
互いに剣をとっての白兵戦となった。
優勢な敵軍の旗は日の光を覆わんばかり。敵兵の多いことは雲のようだ。
矢が雨あられと飛びかって落ちる中を、我が戦士は勇敢に先を争って進む。
しかし敵は遂に我が陣を侵し、我が隊列を突破してきた。我が戦車の左の馬は倒れ、
右の馬も傷ついた。車の両輪が土の中に埋まり、四頭の馬は動きがとれない。
それでもバチを取って進軍の太鼓を打ち鳴らす。
この敗戦に天も怨み神も怒った。戦士たちは無残にも殺し尽くされて、屍を戦場に
さらした。彼らは戦場に出ていったまま、遂に生きて帰ることがない。
平原は茫々として果てしなく、故郷への路は遠い。
戦死者は長剣を帯び、強弓を手挟んだまま、身首処を異にしても、その忠誠の心は
悔ゆることがない。まことに勇にして武、剛強で犯すことはできぬ。
その肉体は死んでも霊魂は滅びない。あっぱれ鬼(亡霊)中の英雄というべきである。
これは メッセージ 4686 (grosser770 さん)への返信です.
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