ボカ地区と日本人②
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2004/07/07 00:54 投稿番号: [2035 / 6946]
当時のアルゼンチンは「憲法ではヨーロッパ移民だけの入国を奨励している事情もあって、
港に上陸する黄色人種に対しては移民法が保証する特恵は認められていない」状態でしたが、
この時既に日本人移民は他の黄色人種(中国人その他)と異なりアルゼンチン人から高い評価を
得ていました。以下、当時、画家・漫画家として人気のあったリーノ・パラシオ(1903−1984)の
日本人家庭奉公人に対する述懐(1983年)。(「アルゼンチン日本人移民史」より)
「祖父の時代にはスペイン人はまだ来ていなくて、みんな(家庭奉公人は)クリオージャ
(地元の女性)だった。最初はクリオージャだった。それからスペイン人の流入が始まった。
スペイン人が氾濫するようになって、それから家庭奉公はみんなスペイン女性になった。
それから父が考えをすべて変えて、日本人をかわいがるようになった。日本人コックと
日本人ボーイを雇い、日本人以外は嫌った。日本人を雇っている人は多かったが、それほど一般的
なものでもなかった。日本人移民のなかには特別な人達がいて、それは学生だった。
新しい国を知り新しい言葉を学ぶという考えで、医学や法学を勉強していた。私の家にいた
ボーイは工学の学生だったことを覚えている。父もエンジニアだったから、彼に尋ねてみて
そのことに気付いたのだ。日本人が働く期間は短くて1年を超えることはまずなかった。
とても気が利き、とても礼儀正しく、とても清潔、そしてなんでもすぐ覚えた。
父は日本のすべてにいたく感心していた」
アルゼンチンの有力紙クラリンのアンケートで明らかになったアルゼンチン人の韓国人移民に
対する嫌悪感を思えば昔からアルゼンチンで親しまれていた日本人移民とは天地の差があります。
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在日へ頼む
2003/ 8/ 1 9:35
メッセージ: 972 / 977
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
包丁を常に持って歩きながら猿らを刺し殺せ
これは メッセージ 2034 (coreano_raza_infima さん)への返信です.
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