ボカ地区と日本人①
投稿者: coreano_raza_infima 投稿日時: 2004/07/07 00:49 投稿番号: [2034 / 6946]
ボカは昔(1910から1930年頃)には日本人移民のコミュニティーも存在していました。
(ボカ地区から隣のバラッカス地区にかけて)当時ボカ及び周辺には工場がいくつも存在し、
そこで働く日本人が多かったのです。当然、日本人経営の店も存在し、ボカには「カフェ大阪」
なる(喫茶店)があり、周辺には「カフェミカド」(喫茶店)、「中川醤油店」、
「福田食料品店」、「新屋敷豆腐店」、「片山洋服店」など(他にも多くある)が存在して
いました。(現在はありません)
「アルゼンチン日本人移民史」(社団法人在亜日系団体連合会)によると
「・・・ただ確かにいえるのはこの時代この町(ボカ及び周辺地区)に日本人街が育ち始めて
いたことである。そのままいけば北米やサンパウロのような日本人街が出来上がったかもしれない。
しかし1920年代から1930年代にかけて、都市における日本人の職業はカフェ店(喫茶店)と
洗濯屋に集中していった。これらの職業は一ヶ所にまとまって住むことができず、むしろ日本人が
いないところに出て行かなくてはならない。日本人はボカ・バラッカス地区から、市内各地へ、
さらにアルゼンチン全土の都市に進出して行ったのだった。ボカやバラッカスに暮らす
日本人もやがて少なくなっていき、アルゼンチンに日本人街が出現することは二度となかった」
そうです・・・・。
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在日へ頼む
2003/ 8/ 1 9:35
メッセージ: 972 / 977
投稿者: shibural7 (男性/静かな朝の国、高麗)
包丁を常に持って歩きながら猿らを刺し殺せ
これは メッセージ 2033 (coreano_raza_infima さん)への返信です.
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