旅人木日記またはベセスダの回想

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首を刎ねる?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/09/11 13:04 投稿番号: [5871 / 6473]
>田光先生は荊軻に会い、太子のところに伺候するよう頼んだ上で、みずから首を刎ねて死んだ。

>荊軻は直接、樊於期に会いに行き首を欲しいと言った。話を聞いた樊於期は喜んで自ら首を刎ねた。
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上記二節の文章は、たぶん司馬遼太郎からの引用でしょうな。わしは司馬遼太郎の原文を読みましたが、原文が「首を刎ねる」となっていたかどうかは記憶していません。

漢文には「刎頸」、「自刎」という単語はあるが、「刎首」という単語はない。支那の史書や古代文学では、士たる者の自決の方法は刎頸または自刎である(まれには入水自殺もある)。そして刎頸と自刎とは同義である。他人の手によって首をはねることは、斬首と言い、刎の字を使わない。

「刎頸」を日本語で読むには「ふんけい」と読むべきである。これをわざわざ返り点レを挿入して「くびをはねる」と読むから、「首を刎ねる」という和製漢語ができてしまった。日本語では首と頸とが両方とも「くび」だから、こんな間違いがおこるのである。

どんな剣道の達人が、どんな名刀を使っても、自分で自分の首をころりと打ち落とすことは不可能である。日本刀でなく、青龍刀でも不可能なことに変わりはない。

「刎頸」の実際的な解説は存在しないが、想像できることは、頸部の大動脈を鋭利な刃物で切断することである。これなら、壮士たる者が義に感じたときにはやれる。血液がどっと吹き出し、気を失い、やがて絶命する。

樊於期が自刎するのを、荊軻は跪いて見守ったのであろう。やがて倒れて、絶命すると、荊軻は深々と敬礼して、恭しく首級を切り離した・・・・と考えるべきでしょうな。

ところで支那の古文を読むときに、いつも感じるのだが、支那の古人と、現在の中国人とは、全く違った人種みたいである。
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