杉原ビザで上海へ移住したユダヤ人(続)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2004/09/02 14:44 投稿番号: [4454 / 6473]
Googleで「上海のユダヤ人」を検索して、出てきた記事を読むと、「虹口ゲットー」という言葉が出てきた。それは明らかにわしが昭和17年に歩いて通り抜けたユダヤ人集中区のことである。当時共同租界のうち、蘇州河以北の部分を、一括して虹口(ホンキュウ)と呼んでいた。すなわち現在楊浦地区、虹口地区、閘北地区となっている部分を、当時ひとまとめにホンキュウと呼んでいた。
「虹口ゲットー」なる呼称が当時おこなわれていたかどうかは知らない。ゲットーとは「隔離されたユダヤ人地区」という意味だと思うが、わしが見たときは隔離されていなかった。わしは知らぬ間に、その中に入り込み、誰からもとがめられずに通り抜けて出てきた。その地区を囲むフェンスなどはなかった。
上海には、支那事変以前からすでにかなり多くのユダヤ人が住んでいたはずで、そのうちには大金持ちもあた。現在徐匯地区となっている部分は、二次大戦終戦以前はフランス租界の一部であって、富豪の豪邸がたくさんあったが、そのなかにはユダヤ人富豪のものもあった。蒋介石の別荘もあった。
「日本軍は昭和18年に浦東地区にゲットーを構築してユダヤ人を収容した」とJOHN_VOID氏が書いていたが、それは「虹口ゲットー」に住んでいたユダヤ人のことでなく、昔から上海に住んでいたユダヤ人を浦東に移住させたことを勘違いしたのかもしれない。昭和18年に上海に住んでいた敵国人(英、米、オランダ人)を浦東に移住させて、隔離したことはわしも記憶している。
これは メッセージ 4451 (unhoo さん)への返信です.
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