中国貧困村の驚きの現実
投稿者: jfderto023568 投稿日時: 2011/08/15 09:29 投稿番号: [58 / 69]
中国極貧村の現状
あるボランティア女性の報告2
2002年から7年間、中国大陸で貧困者支援のボランティアを続けていた唐米豌さんは、語り切れないほどの現実を目の当たりにしてきた。その生活状況はマレーシアでは絶対にありえず、人々の極貧の度合いは想像の限度を超えていたという。
2011年6月、マレーシアで「新紀元」誌の取材を受けた唐さんは、現代的な都市で豊かな生活を送っていた彼女にとって、中国での貧困者支援において日常的に起きる出来事はみな、そのまま続けていけるかどうかの試練の連続であった、と語った。
農村部の「大自然トイレ」
山西省襄汾県城の北西25キロのところに、襄陵鎮という町がある。その地域は比較的水と土壌に恵まれていることから、「金襄陵」と呼ばれており、人々の生活はそれほど貧しくない。しかし、そこにも、水道もなく電気もない極貧村があり、トイレが難題となっている。
それらの村では、ボロ屋であろうと新築の家であろうと、トイレがない。皆、家の裏の地面に大きな穴を掘り、穴の両側にレンガを一つずつ置く。「大自然のトイレ」だ。老若男女誰でもそこで用を足し、裏庭に人が入ってくると一目瞭然である。
私は村の売店で傘を2本買ってきた。値段は結構高かった。なぜなら、彼らはほとんど傘を使わないからだ。トイレのときに、前に一本、後ろに一本差すのだ。すると、30分も経たないうちに、村中にうわさが広まった。「マレーシアから来たあの女性は、トイレのときに傘を差しているよ」
中国の農村では、ほぼ毎日このような光景に出くわす。ある家のおばさんが用を足しているのに、隣の家のおじさんがお椀を手にご飯を食べながらこのおばさんと話をしている。これは極普通のことで、受け入れられないと思うのは私だけで、村人は私のほうが頭がおかしいと思っていたようだ。
2006年、私は四川省涼山州越西県大屯郷高橋村付近のハンセン病患者が集まる村を訪れた。彼らの主食はトウモロコシ。私は江西省の山村で半年以上トウモロコシを食べていたので、トウモロコシが怖くなっていた。
山西省にいた時の私の食事は、朝・昼・晩とも、ゆでトウモロコシが1本ずつであった。このような日々が5か月続いた。自分もトウモロコシになったような気がした。顔が黄ばんで、一つひとつの粒になったようだった。しかし、村人たちは先祖代々これを食べているので文句の一つもなかった。そこでは、多くの生徒が家が貧しくて、一日の食糧はトウモロコシ1本だった。彼らに比べると私は幸せだ。一日に3本も食べられたのだから。
トウモロコシに拒絶反応が出ていた私は、四川省のハンセン病村では村長に相談し、トウモロコシを豚の餌であるサツマイモと物々交換した。腐った部分を切り落として食べるのだ。すると、30分も経たないうちに、村中にまたうわさが広まった。「マレーシアから来たあの女は精神異常者だよ。しかも重症だ。トウモロコシを食べないで、豚の餌のサツマイモを食べるんだ」という。
村民たちが私のボランティア活動に非常に感謝しているのは確かだ。彼らは塩と物々交換するために鶏の卵を私にくれた。そして誰もが一言付け加えるのであった。「卵を食べ終わったら、卵の殻を返してください」と。私はそのとき、彼らは花や草を植えるために肥料に使うのだろうと思った。でも、実際は違っていた。彼らは卵の殻を細かく砕いて、沸騰したお湯に入れて、砂糖水として飲んでいるのだ。ここまで貧しいのである。
2002年から7年間、中国大陸で貧困者支援のボランティアを続けていた唐米豌さんは、語り切れないほどの現実を目の当たりにしてきた。その生活状況はマレーシアでは絶対にありえず、人々の極貧の度合いは想像の限度を超えていたという。
2011年6月、マレーシアで「新紀元」誌の取材を受けた唐さんは、現代的な都市で豊かな生活を送っていた彼女にとって、中国での貧困者支援において日常的に起きる出来事はみな、そのまま続けていけるかどうかの試練の連続であった、と語った。
農村部の「大自然トイレ」
山西省襄汾県城の北西25キロのところに、襄陵鎮という町がある。その地域は比較的水と土壌に恵まれていることから、「金襄陵」と呼ばれており、人々の生活はそれほど貧しくない。しかし、そこにも、水道もなく電気もない極貧村があり、トイレが難題となっている。
それらの村では、ボロ屋であろうと新築の家であろうと、トイレがない。皆、家の裏の地面に大きな穴を掘り、穴の両側にレンガを一つずつ置く。「大自然のトイレ」だ。老若男女誰でもそこで用を足し、裏庭に人が入ってくると一目瞭然である。
私は村の売店で傘を2本買ってきた。値段は結構高かった。なぜなら、彼らはほとんど傘を使わないからだ。トイレのときに、前に一本、後ろに一本差すのだ。すると、30分も経たないうちに、村中にうわさが広まった。「マレーシアから来たあの女性は、トイレのときに傘を差しているよ」
中国の農村では、ほぼ毎日このような光景に出くわす。ある家のおばさんが用を足しているのに、隣の家のおじさんがお椀を手にご飯を食べながらこのおばさんと話をしている。これは極普通のことで、受け入れられないと思うのは私だけで、村人は私のほうが頭がおかしいと思っていたようだ。
2006年、私は四川省涼山州越西県大屯郷高橋村付近のハンセン病患者が集まる村を訪れた。彼らの主食はトウモロコシ。私は江西省の山村で半年以上トウモロコシを食べていたので、トウモロコシが怖くなっていた。
山西省にいた時の私の食事は、朝・昼・晩とも、ゆでトウモロコシが1本ずつであった。このような日々が5か月続いた。自分もトウモロコシになったような気がした。顔が黄ばんで、一つひとつの粒になったようだった。しかし、村人たちは先祖代々これを食べているので文句の一つもなかった。そこでは、多くの生徒が家が貧しくて、一日の食糧はトウモロコシ1本だった。彼らに比べると私は幸せだ。一日に3本も食べられたのだから。
トウモロコシに拒絶反応が出ていた私は、四川省のハンセン病村では村長に相談し、トウモロコシを豚の餌であるサツマイモと物々交換した。腐った部分を切り落として食べるのだ。すると、30分も経たないうちに、村中にまたうわさが広まった。「マレーシアから来たあの女は精神異常者だよ。しかも重症だ。トウモロコシを食べないで、豚の餌のサツマイモを食べるんだ」という。
村民たちが私のボランティア活動に非常に感謝しているのは確かだ。彼らは塩と物々交換するために鶏の卵を私にくれた。そして誰もが一言付け加えるのであった。「卵を食べ終わったら、卵の殻を返してください」と。私はそのとき、彼らは花や草を植えるために肥料に使うのだろうと思った。でも、実際は違っていた。彼らは卵の殻を細かく砕いて、沸騰したお湯に入れて、砂糖水として飲んでいるのだ。ここまで貧しいのである。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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