いいえ全て読んでおります。
投稿者: tiancunchan 投稿日時: 2001/09/13 09:14 投稿番号: [2397 / 6315]
私は1988年・1990年・1992年と昔に深センに3回延べ10日訪問しているものですから。
ご返事有り難う御座いました。現地ルポと称していますが少し正確度が落ちるようですね。それはそれとして有名雑誌の影響度は大きいでしょう。割り引いて判断する必要がありますが以下もう少し紹介を続けましょう。この欄でも出てくる「東莞市」にある東莞航天電子有限公司が出てきます。
“この会社でつくられた製品は日本に輸出されており、輸入先で抜き取り検査されてもクレームは殆ど出ない。工場の従業員は650人で当初40人で検査していたがが、品質レベルの向上に取り組んだ結果、最終検査は10人で対応出来るようになっている。QC活動は中国でも当たり前になっているのだ。どうやら「日本でつくるよりも良い製品」の「メイドインチャイナ」が日本に大量に輸入される。こんな状態が続けば日本の企業・産業が無傷で居られる筈はない”と中国賞賛論から中国脅威論に転じている。
“日本の工場でつくられる製品の品質は世界一そんな品質神話を中国が崩壊させた。
このままでは日本の製造業の空洞化が進み、失業が増えるのは必死の情勢である。
中国は低コスト生産だけでなくハイテクでも強みを持ち始め着実ににほん企業との差を詰めている。”と結んでいる。(紙面の関係で相当要約しました。)
閑話休題:
この10月号の随想欄でかの有名な「兼高かおる」さんが書いておられるのですが、1959年(昭和34年)の大学卒国家公務員の初任給は¥10,200(US$1=¥360ですから
US$28.50)とあります。当時私は学生でしたが世の中では「ニコヨン」という言葉が流行でこれは日雇い労働者の日給が¥240だったことを象徴しており、月給が¥7200となります。高級官僚の卵と庶民の賃金格差は¥3000でした。まあみんな希望に燃えて働いたいたのでは。中国の若い人の賃金が円換算7200円であったとしてもみんな元気に働いておられるのではないかと想像しております。
これは メッセージ 2396 (mieko_cn さん)への返信です.
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