深センの工場から…Miekoです。

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その後の対応について

投稿者: PEKIN_9 投稿日時: 1999/12/17 12:56 投稿番号: [123 / 6315]
その後の対応について

駐在者200名の内、管理部門で言葉が出来たのは5名、これを中心に 3グループ、北京事務所1グループを形成した。
1)東京・基地内 対応
2)資材・運搬 対応
3)公安・保健所対応
4)北京グループ

1)夏場であり、クラーをガンガンきかせ、全員から氷 集めが始まった。当時、北方でドライアイスを作れる工場は、北京、青島の2ヶ所、しかしながら、両工場ともメンテ中。 JALの協力と 北京税関の協力を仰ぎ、二日で 約2トンのドライアイス 現地 到着。
2)1日で、アルミ棺、それをいれる頑丈な木箱完成。

3)私が担当した公安・保健では、頭痛ばかり。
防腐処理、出来る所なし、これをやらないと 日本へ運び込めない・・・交渉に継ぐ交渉で、偽文章を作らせる。 公安に、遺体出国許可を申請、 公安曰く親族自身による出頭が必要といわれ、親族も疲れきっており、天津着は真夜中、次の日の便にのせるので、何とか代理申請を受け付けてくれるよう、おがみたおすが、ガンとして拒否 (こいつら鬼か、流石に、切れかける)、これまた交渉、交渉で 偉そうに、夜間の仕事は出来ないと、物言う担当者から、夜中12時での 処理の了解を取り付ける。(処理時間、たたの1分だった)

そのころ、北京でも事件が起こっていた。日本大使館からは、事前に入国許可書を 発行してもらっていたが、疫病条例で、密封が 必要とアドバイスを受ける。北京税関より、検閲するので、密封するな、専門の封印者を準備せよとの指示がでた。 飛行機への搬入まで、時間がギリギリの折り、そこを、何とかとお願いしても、やはり無理。北京で、1カッ所だけ 許可を持っているお寺から 派遣待機してもらう。

結局、あれだけ見ると言っておきながら、見やへん (助かった)。 当時は、基地から北京まで、普通車で5時間コース、現地で密封済み、総勢20名、ギリギリの時間帯で 約1トンの木箱を機内カーゴ室へ運び込んだ。

三年間の滞在で、二度の処理経験は多過ぎるが、対応 参考として記す。

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