Re: 牛刀解放区
投稿者: ooosolemiiyo 投稿日時: 2010/02/18 12:48 投稿番号: [4 / 20]
中国人民解放軍は中国共産党の軍隊ではない。
自分がずーと、図図ずぃーーーーーーーーーーーーーと、こだわって来たんでけど、真実は我に在り、何時かこれは、明らかになるでしょう。
其の時先生たちは?
先生が中国人民解放軍を語らないのを攻めているのではないです。
世界で、この世で、イスラムを語る人が一人も存在しない。
語れば、殺されるか、一生を死の恐怖に怯えて暮らさなければならない。
イスラムを語らないからと言って、誰れが、イスラム学者を攻められようか。
人民軍もこれに近いんですよね、経済開放で、全ての中国人が、拝金主義におちいってから、人民軍は、その窓を閉ざし始めたんですよね。
昔は、結構、人民軍の内部をあからさまに写した、テレビ映像を見たもんですけど、腐敗を含めてね、今から思うと、是こそが隔世だ。
昔から、疑問で、先生が解説してくれない事が有って、紅衛兵が北京に百万もが、突如、現れた、是が、疑問で、百万人、それも、若く、年代が狭くて、それも、男ばかり、いくら、中国の人口が日本の十倍でも、人口密度はそんなには違いは無いだろう。
俺の言っている事が解るかな、単純に百万が集まったのでは無い。
限られた枠の、つまり、若い男だけ、
そんなに簡単に、北京と言う一箇所に集められるだろうか。
中国人民解放軍と言うのは、軍閥的要素を持っていて、この時、百万の若い男を北京に、集結させる事ができるのは、人民軍しかない。
毛タクトウは、是を実現するために、人民軍に、交換条件を提示した。
それが、人民軍アルバイト。
公式には、昔、中国は、超、貧乏だった、だから、食料などの生産も許され、負かされた、当然、輸送も、解放軍となる。
ま、疑問だらけなんですよ。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%B4%85%E8%A1%9B%E5%85%B5/
「毛沢東(もうたくとう)思想」の申し子として文化大革命初期の推進役となり、中国社会を震撼(しんかん)させた青少年集団。1966年8月18日、赤い教典『毛沢東語録』を手に手に北京(ペキン)の天安門広場で開かれた百万人大集会に出現した紅衛兵は、「四旧(古い思想・文化・風俗・習慣)打破」をスローガンに街頭進出し、熱狂的に「毛主席万歳!」を叫んで暴れ回った。「大字報」(壁新聞)を各所に張り巡らし、大串連(ターチョアンリエン)(経験大交流)と称して長征隊を全国津々浦々から北京に送ったが、やがて武闘を繰り返して文化大革命の混乱に拍車をかけたために、文革の起爆剤としての役割を終えたあとは、中国共産党中央と国務院によって制圧されていった。「下放」の名のもとに農村に送られたものも多かったが、1976年の「四人組」失脚後、大半は都市に戻り、その後の民主化運動に大きな役割を果たした。
[ 執筆者:中嶋嶺雄 ]
自分がずーと、図図ずぃーーーーーーーーーーーーーと、こだわって来たんでけど、真実は我に在り、何時かこれは、明らかになるでしょう。
其の時先生たちは?
先生が中国人民解放軍を語らないのを攻めているのではないです。
世界で、この世で、イスラムを語る人が一人も存在しない。
語れば、殺されるか、一生を死の恐怖に怯えて暮らさなければならない。
イスラムを語らないからと言って、誰れが、イスラム学者を攻められようか。
人民軍もこれに近いんですよね、経済開放で、全ての中国人が、拝金主義におちいってから、人民軍は、その窓を閉ざし始めたんですよね。
昔は、結構、人民軍の内部をあからさまに写した、テレビ映像を見たもんですけど、腐敗を含めてね、今から思うと、是こそが隔世だ。
昔から、疑問で、先生が解説してくれない事が有って、紅衛兵が北京に百万もが、突如、現れた、是が、疑問で、百万人、それも、若く、年代が狭くて、それも、男ばかり、いくら、中国の人口が日本の十倍でも、人口密度はそんなには違いは無いだろう。
俺の言っている事が解るかな、単純に百万が集まったのでは無い。
限られた枠の、つまり、若い男だけ、
そんなに簡単に、北京と言う一箇所に集められるだろうか。
中国人民解放軍と言うのは、軍閥的要素を持っていて、この時、百万の若い男を北京に、集結させる事ができるのは、人民軍しかない。
毛タクトウは、是を実現するために、人民軍に、交換条件を提示した。
それが、人民軍アルバイト。
公式には、昔、中国は、超、貧乏だった、だから、食料などの生産も許され、負かされた、当然、輸送も、解放軍となる。
ま、疑問だらけなんですよ。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%B4%85%E8%A1%9B%E5%85%B5/
「毛沢東(もうたくとう)思想」の申し子として文化大革命初期の推進役となり、中国社会を震撼(しんかん)させた青少年集団。1966年8月18日、赤い教典『毛沢東語録』を手に手に北京(ペキン)の天安門広場で開かれた百万人大集会に出現した紅衛兵は、「四旧(古い思想・文化・風俗・習慣)打破」をスローガンに街頭進出し、熱狂的に「毛主席万歳!」を叫んで暴れ回った。「大字報」(壁新聞)を各所に張り巡らし、大串連(ターチョアンリエン)(経験大交流)と称して長征隊を全国津々浦々から北京に送ったが、やがて武闘を繰り返して文化大革命の混乱に拍車をかけたために、文革の起爆剤としての役割を終えたあとは、中国共産党中央と国務院によって制圧されていった。「下放」の名のもとに農村に送られたものも多かったが、1976年の「四人組」失脚後、大半は都市に戻り、その後の民主化運動に大きな役割を果たした。
[ 執筆者:中嶋嶺雄 ]
これは メッセージ 3 (ooosolemiiyo さん)への返信です.
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