無学無力のロボット国家-中国
投稿者: hongda_toshibe 投稿日時: 2011/02/12 06:23 投稿番号: [106 / 203]
「全体主義国家がオリンピックを開催すると、10年前後で崩壊する」という「法則」があるそうだ。1936年にベルリン・オリンピックを開催したナチス・ドイツは1945年に第2次大戦の敗北により消滅した。
1980年にモスクワ・オリンピックを開催したソ連は1991年に崩壊している。この「法則」が正しいなら、2008年に北京オリンピックを開催した中華人民共和国は、2018年前後には消滅するのかも・・・。
全体主義国家とは、国内を警察力や洗脳教育・思想統制で締め付けて統治している国のことだが、オリンピックを開けるほどに国が豊かになると、国民は自由を欲して政府の統制への不満が高まる。一方、国際社会においては警戒を招き、緊張が強まる。
毛沢東の失敗で世界最貧国の一つだった中国は計画経済を捨てて「社会主義市場経済」と「自由主義経済」を両立させるという「苦肉の策」を選んだが
、その矛盾が爆発寸前だ。
党幹部が経営する企業が、好きなだけ銀行から融資を得て、不良債権の山を築き。最低賃金など無視して労働者を酷使する。環境規制など無視して公害を撒き散らす。これは強者のみが自由に振る舞える弱肉強食のジャングル社会だ。
今の中国は・・共産主義の理想とはかけ離れた「惨状」であり、資本主義を食い物にした「ごく一部の特権階級」の「暗躍の場」に成り下がっている。
▽絶対的権力は絶対的に腐敗するという法則
旧ソ連や中国の共産党幹部の「労働貴族」ぶりを見てみれば、この法則の正しさは歴史的に実証されていると言える。
全体主義社会が必然的に腐敗するのは、政府が国家目的を決め、「目的は手段を正当化する」という論理から、好き勝手ができるからである。「人民から財産を奪ったり、対抗勢力を武力で抑圧する」という手段も正当化される。
自由主義社会における法律や道徳の基盤は、どのような高尚な目的のためでも「やっていけない事はやってはいけない」と手段の善悪を問うところにある。貧乏人に小判を配ろうとして金持の家に泥棒に入るネズミ小僧は、法治社会では犯罪者になる。
「目的は手段を正当化する」という考え方は、個人の倫理観、道徳感情を麻痺させる。その結果、ナチスがユダヤ人を抹殺しようとしたり、ソ連で収容所列島が作られたり、中国で文革で知識階級を追放(抹殺)したり、という人権無視の暴走政策が取られるようになる。毛沢東の文革は、毛の「自己保身」でもあったのだ。目茶苦茶な政策で人的資源が無限に失われたのだ。
残った「カス」が、現代中国人だ。
その一方で、国民一人一人が持つ宗教心や道徳心は政府の批判につながりかねないので、徹底的に弾圧される。ソ連ではキリスト教が、中国では儒教が弾圧された。現代中国では法輪功が徹底的に弾圧されている。
「何が正しいか?」を決めるのは政府であり、各個人はそれに従うだけである。逆に言えば、政府がすることはすべて正しいことになる。だから全体主義国家は必然的に腐敗する。そして、こうした腐敗により、平等を目指していたはずの全体主義国家では、かえって貧富の差が激しくなる。
中国における貧富格差も同様にすさまじい。目茶苦茶と言える酷さだ。
10億円クラスの超高級住宅に住み、1億円以上もする超高級車を乗り回す大富豪がいるかと思うと、超貧困の農民が何億人もいる。
一匹300万の飼い犬を自慢する馬鹿もいる。
学校教育やマスコミ報道を通じて、全体主義政府は「国有思想」を国民に吹き込む。それは理想追求、あるいは敵への憎しみ、という熱烈な感情を国民に植え付け、それによって国民の不満をそらしながら、特定の方向に動員するのだ。
敵への憎しみを煽るという面では、ナチスのユダヤ人排斥、ソ連の西側資本主義との対決、そして昨今の中国では「反日」を利用している。
こうして全体主義国家では、善悪も真実も理想も、そして憎しみさえもが政府にコントロールされる。国民はそれに盲目的に従うロボットになるしかない。思想を制限された民衆は「金儲け」だけがただ一つの目的に堕落する。
金儲けの為には手段を選ばないようになって、世界から蔑視される。
自由主義国家においては、国民一人一人が何を善悪と考えるかという「良心の自由」、何が真実かを追究する「学問の自由」「報道の自由」を持ち、自分の頭で考え、法の枠内で自分の良心と欲求に従って行動する。
中国という史上最大・最強の全体主義政府が、国内の農民階級を抑圧し、チベットやウィグルなどの異民族を武力支配し、そして台湾を武力で脅かしている。そして、そのような国がわが国に隣接しているのだ。
今日の書き込みは・・考える力の無い、中国のロボットには難し過ぎたかな?ハハハ(嘲笑)
1980年にモスクワ・オリンピックを開催したソ連は1991年に崩壊している。この「法則」が正しいなら、2008年に北京オリンピックを開催した中華人民共和国は、2018年前後には消滅するのかも・・・。
全体主義国家とは、国内を警察力や洗脳教育・思想統制で締め付けて統治している国のことだが、オリンピックを開けるほどに国が豊かになると、国民は自由を欲して政府の統制への不満が高まる。一方、国際社会においては警戒を招き、緊張が強まる。
毛沢東の失敗で世界最貧国の一つだった中国は計画経済を捨てて「社会主義市場経済」と「自由主義経済」を両立させるという「苦肉の策」を選んだが
、その矛盾が爆発寸前だ。
党幹部が経営する企業が、好きなだけ銀行から融資を得て、不良債権の山を築き。最低賃金など無視して労働者を酷使する。環境規制など無視して公害を撒き散らす。これは強者のみが自由に振る舞える弱肉強食のジャングル社会だ。
今の中国は・・共産主義の理想とはかけ離れた「惨状」であり、資本主義を食い物にした「ごく一部の特権階級」の「暗躍の場」に成り下がっている。
▽絶対的権力は絶対的に腐敗するという法則
旧ソ連や中国の共産党幹部の「労働貴族」ぶりを見てみれば、この法則の正しさは歴史的に実証されていると言える。
全体主義社会が必然的に腐敗するのは、政府が国家目的を決め、「目的は手段を正当化する」という論理から、好き勝手ができるからである。「人民から財産を奪ったり、対抗勢力を武力で抑圧する」という手段も正当化される。
自由主義社会における法律や道徳の基盤は、どのような高尚な目的のためでも「やっていけない事はやってはいけない」と手段の善悪を問うところにある。貧乏人に小判を配ろうとして金持の家に泥棒に入るネズミ小僧は、法治社会では犯罪者になる。
「目的は手段を正当化する」という考え方は、個人の倫理観、道徳感情を麻痺させる。その結果、ナチスがユダヤ人を抹殺しようとしたり、ソ連で収容所列島が作られたり、中国で文革で知識階級を追放(抹殺)したり、という人権無視の暴走政策が取られるようになる。毛沢東の文革は、毛の「自己保身」でもあったのだ。目茶苦茶な政策で人的資源が無限に失われたのだ。
残った「カス」が、現代中国人だ。
その一方で、国民一人一人が持つ宗教心や道徳心は政府の批判につながりかねないので、徹底的に弾圧される。ソ連ではキリスト教が、中国では儒教が弾圧された。現代中国では法輪功が徹底的に弾圧されている。
「何が正しいか?」を決めるのは政府であり、各個人はそれに従うだけである。逆に言えば、政府がすることはすべて正しいことになる。だから全体主義国家は必然的に腐敗する。そして、こうした腐敗により、平等を目指していたはずの全体主義国家では、かえって貧富の差が激しくなる。
中国における貧富格差も同様にすさまじい。目茶苦茶と言える酷さだ。
10億円クラスの超高級住宅に住み、1億円以上もする超高級車を乗り回す大富豪がいるかと思うと、超貧困の農民が何億人もいる。
一匹300万の飼い犬を自慢する馬鹿もいる。
学校教育やマスコミ報道を通じて、全体主義政府は「国有思想」を国民に吹き込む。それは理想追求、あるいは敵への憎しみ、という熱烈な感情を国民に植え付け、それによって国民の不満をそらしながら、特定の方向に動員するのだ。
敵への憎しみを煽るという面では、ナチスのユダヤ人排斥、ソ連の西側資本主義との対決、そして昨今の中国では「反日」を利用している。
こうして全体主義国家では、善悪も真実も理想も、そして憎しみさえもが政府にコントロールされる。国民はそれに盲目的に従うロボットになるしかない。思想を制限された民衆は「金儲け」だけがただ一つの目的に堕落する。
金儲けの為には手段を選ばないようになって、世界から蔑視される。
自由主義国家においては、国民一人一人が何を善悪と考えるかという「良心の自由」、何が真実かを追究する「学問の自由」「報道の自由」を持ち、自分の頭で考え、法の枠内で自分の良心と欲求に従って行動する。
中国という史上最大・最強の全体主義政府が、国内の農民階級を抑圧し、チベットやウィグルなどの異民族を武力支配し、そして台湾を武力で脅かしている。そして、そのような国がわが国に隣接しているのだ。
今日の書き込みは・・考える力の無い、中国のロボットには難し過ぎたかな?ハハハ(嘲笑)
これは メッセージ 1 (bonbiemann さん)への返信です.
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