hirokiman110も、やはり阿呆の一族か……
投稿者: Mishi_Mishi_01 投稿日時: 2008/10/10 23:49 投稿番号: [142 / 480]
>やっぱりそうでしょう?日本経済は高度発展しましたが、公害はなかったでしょ。四日市等もおおげさに書かれていると聞いてますけど。
……全く、バカも休み休み言ってくれ。
四日市喘息にしろイタイイタイ病にしろ、苦しみながら死んで行く人たちの悲惨さは、中国人も日本人も違いが無い。どちらも、涙なくしては語れないものだ。
四日市喘息の場合、一晩中咳が止まらずに眠る事もできない苦しさ。
次第に患者は体力を奪われていって、場合によっては苦しみながら、死ぬ。
それを間近で見ながら、治療法も無いために黙って見ているいる事しかできない家族の苦しみ。
直接的な死因は喘息ではないため、発生の初期には問題が顕在化することも無かった。
イタイイタイ病もまた、悲惨なものだった。
カドミウムの害によって骨の成分が脆くなり、机に手をついただけで腕の骨が折れてしまう。床に腰をつけば、腰の骨が折れる。
やがては全身の骨が折れて、身体中に激痛が走り『痛い! 痛い! 』と泣き叫びながら、死んでいく。
これが“大袈裟”だと言うのなら、試しにカドミウムの100gでも自分で摂取してみろ。
日本の公害病がどれだけ酷いものだったか、阿呆のhirokiman110でも簡単に理解できる。
あるいは、今度の休みにNHKのライブラリでも行って見るが良い。当時の報道番組の録画が、無料で見られるから。
http://www.nhk.or.jp/archives/index.html
しかし当時の日本社会は、今の中国とはまるで仕組みが違っていた。
当初は認識されていなかった各地の公害病を、日本の新聞や雑誌等のマスコミ、野党の政治家、市民の活動家たちが次々にあばいて、様々なメディアや議会で告発し始めた。
日本では、『報道の自由』、『結社の自由』、『政治活動の自由』が、基本的な人権として認められているからだ。
その結果日本国内では、自分達の利益だけを優先する公害企業を弾劾する気運が充満する。
時の政府も、次の選挙で政権の座を追われることを恐れ、公害企業の摘発に動かざるを得なかった。
日本では、民主的な『選挙制度』が実施されているからだ。
更に被害者達は揃って、原因を作った公害企業を告発して訴訟を起こした。
日本では、『司法の独立』が憲法で保障されているからだ。
こうして日本では、一時あれだけ悲惨を極めた公害の被害がなりを潜め、その結果取得した環境技術を諸外国に提供して、外貨を獲得するまでになっている。
これは全て、報道機関、野党、市民運動、司法制度といった民主主義を具体化する様々な機関が、権力の暴走や大資本の横暴をチェックする働きをするため、初めて可能だったものである。
ところが今の北京には、いや北京だけでなく中国中のどこを探したって、こういった権力の暴走をチェックする機構は存在しない。
中国の社会は日本と違って、共産党の独裁がまかり通る“専制社会”だからだ。
また中国の大資本も、ほぼ例外なく中国共産党の権力機構と癒着しているため、市民の力でその害をチェックする事ができない。
だから当時の日本と中国の社会は、天と地ほどに違いがあるのだ。
こんなことは当然、日本で義務教育程度の教育を受けていればその違いに気付かない筈は無い。
だから『今の北京と同じような気がします。』などと平気で言ってのけるconsu2346の主張は、全くどうかしている。
よっぽど日本の社会に対する理解が足りないのか。それとも中国で暮らしながら、あの社会の本質が見えていない脳タリンなのか。
あるいは当時、公害病の被害を食い止めるために必死で戦っていた日本のジャーナリスト、野党の政治家、市民運動家達の功績を、不当に卑しめようとする意図でもあるのかもしれない。
いずれにしても断言できるのはconsu2346にとって、公害病によって苦しめられながらも、自分達の手では巨悪を告発する事もできず、問題を解決する手段も与えられていない中国人達の苦しみなんか、どうでも良いということだ。
こいつは本当に、中国のことが判っていない。
……全く、バカも休み休み言ってくれ。
四日市喘息にしろイタイイタイ病にしろ、苦しみながら死んで行く人たちの悲惨さは、中国人も日本人も違いが無い。どちらも、涙なくしては語れないものだ。
四日市喘息の場合、一晩中咳が止まらずに眠る事もできない苦しさ。
次第に患者は体力を奪われていって、場合によっては苦しみながら、死ぬ。
それを間近で見ながら、治療法も無いために黙って見ているいる事しかできない家族の苦しみ。
直接的な死因は喘息ではないため、発生の初期には問題が顕在化することも無かった。
イタイイタイ病もまた、悲惨なものだった。
カドミウムの害によって骨の成分が脆くなり、机に手をついただけで腕の骨が折れてしまう。床に腰をつけば、腰の骨が折れる。
やがては全身の骨が折れて、身体中に激痛が走り『痛い! 痛い! 』と泣き叫びながら、死んでいく。
これが“大袈裟”だと言うのなら、試しにカドミウムの100gでも自分で摂取してみろ。
日本の公害病がどれだけ酷いものだったか、阿呆のhirokiman110でも簡単に理解できる。
あるいは、今度の休みにNHKのライブラリでも行って見るが良い。当時の報道番組の録画が、無料で見られるから。
http://www.nhk.or.jp/archives/index.html
しかし当時の日本社会は、今の中国とはまるで仕組みが違っていた。
当初は認識されていなかった各地の公害病を、日本の新聞や雑誌等のマスコミ、野党の政治家、市民の活動家たちが次々にあばいて、様々なメディアや議会で告発し始めた。
日本では、『報道の自由』、『結社の自由』、『政治活動の自由』が、基本的な人権として認められているからだ。
その結果日本国内では、自分達の利益だけを優先する公害企業を弾劾する気運が充満する。
時の政府も、次の選挙で政権の座を追われることを恐れ、公害企業の摘発に動かざるを得なかった。
日本では、民主的な『選挙制度』が実施されているからだ。
更に被害者達は揃って、原因を作った公害企業を告発して訴訟を起こした。
日本では、『司法の独立』が憲法で保障されているからだ。
こうして日本では、一時あれだけ悲惨を極めた公害の被害がなりを潜め、その結果取得した環境技術を諸外国に提供して、外貨を獲得するまでになっている。
これは全て、報道機関、野党、市民運動、司法制度といった民主主義を具体化する様々な機関が、権力の暴走や大資本の横暴をチェックする働きをするため、初めて可能だったものである。
ところが今の北京には、いや北京だけでなく中国中のどこを探したって、こういった権力の暴走をチェックする機構は存在しない。
中国の社会は日本と違って、共産党の独裁がまかり通る“専制社会”だからだ。
また中国の大資本も、ほぼ例外なく中国共産党の権力機構と癒着しているため、市民の力でその害をチェックする事ができない。
だから当時の日本と中国の社会は、天と地ほどに違いがあるのだ。
こんなことは当然、日本で義務教育程度の教育を受けていればその違いに気付かない筈は無い。
だから『今の北京と同じような気がします。』などと平気で言ってのけるconsu2346の主張は、全くどうかしている。
よっぽど日本の社会に対する理解が足りないのか。それとも中国で暮らしながら、あの社会の本質が見えていない脳タリンなのか。
あるいは当時、公害病の被害を食い止めるために必死で戦っていた日本のジャーナリスト、野党の政治家、市民運動家達の功績を、不当に卑しめようとする意図でもあるのかもしれない。
いずれにしても断言できるのはconsu2346にとって、公害病によって苦しめられながらも、自分達の手では巨悪を告発する事もできず、問題を解決する手段も与えられていない中国人達の苦しみなんか、どうでも良いということだ。
こいつは本当に、中国のことが判っていない。
これは メッセージ 141 (hirokiman110 さん)への返信です.
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