Re: ノーベル賞学者も諸君を否定!
投稿者: chironokainushi 投稿日時: 2008/10/09 09:58 投稿番号: [98359 / 99628]
>「湯川先生の言動力は核で人類が滅ぶ恐怖だったと思う。僕はより身近に、一人一人の今の生活を守りたい。その実現に、戦争はプラスですかと問いたい。殺されたって戦争は嫌だ。もっと嫌なのは自分が殺す側に回ることだ」
(毎日新聞夕刊・本日)
言われるまでもなくこれが戦後の日本人の主流の考え方だった。
でも別に新しいものじゃないらしい。日本人の生理的に持っている感覚。
井沢元彦氏の著作を借りれば、日本人は「祟り」を恐れ“穢れ”と称して「血を嫌う」長い長い歴史と伝統を持つそうだ。
旧約聖書でいう「剣にかけて異教徒を殲滅する」ようなメンタリティーはもともと日本人は持っていない。そこへ「平和憲法」はすっぽりとはまったわけだ。
>「殺されたって戦争は嫌だ」「殺す側に回るのが一番嫌だ」
私だって戦争は嫌だ。殺しも殺されもしたくない。だが、
「隣で友人が殺されても、殺したくない」
「隣で友人が殺されかけてても、殺したくない」
「家族が殺されても、殺したくない」
「家族が殺されかけても、殺したくない」
「家族が拉致洗脳され犯罪に加担させられても、殺したくない」
という境地まで達しているだろうか。そう言い切っていいものだろうか。
第二に「自分は」殺さないが、「アメリカ人」に殺してもらえばいい
と思っていたに過ぎないのではないか。。
ちなみに。。
この“穢れ”の仕事を請け負って日本で差別されてきた人たちがいる。
そのひとつは軍事を請け負ってきた平安時代の武士であり、
またひとつは動物を扱う仕事を請け負ってきた所謂「同和」の人たちである
今はアメリカ軍か自衛隊か。。
軍事をいたずらに忌み嫌うことこそ差別の温床、という指摘は的外れか??
武士は革命を起こして政権を握り、同和は未だ差別されており、
さてアメリカと自衛隊は日本をどうするだろうか。
これは メッセージ 98357 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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