Re: 「公正」者の正体① Re: 日本人の幸福
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2008/04/09 01:00 投稿番号: [97859 / 99628]
>モンゴル軍の日本侵略が失敗に終わった理由は高麗のお陰ではないと自分で認めているようなもの
いいえ、認めていません。
モンゴル帝国の領土が高麗から直線的に延びる形で、つまり日本征服を完了してたら、高麗の抵抗は微細で、モンゴルは余力十分だった、といえるかもしれません。
しかし、モンゴルのその後の領土拡張は高麗からは地理的に遠く離れた南方でのそれを指していってますよね?
ですから、高麗侵略と南方領土拡大に、これまでの争点を解決する因果関係が説明されたら、あるいは、私が引いた知識人の見解は間違いかもしれません。
E・H・カーはこう書いています。
歴史家と原因との関係は、歴史家と事実との関係と同じ二重の相互的性格を帯びております。原因が歴史的過程に対する歴史家の解釈を決定すると同時に、歴史家の解釈が原因の選択と整理とを決定いたします
『歴史とは何か』E・H・カー
>私も高麗がモンゴルに「抵抗」したということは否定しませんよ
徹底的に、ということですね。
アイタタタタさんの私への「抵抗」ほどではないかもしれません。あれは「世界抵抗」史にその名を残すほどであります。
>朝鮮人の「抵抗」虚しく、モンゴル軍は一回の奴隷狩り遠征で20万人以上の朝鮮人奴隷を捕獲しているのです
これが、モンゴルが簡単に高麗を制圧したという主張の具体的な根拠のようですね。
しかし、だからといってモンゴルが楽に高麗を侵略した、とは言い切れません。長い戦争の中で個別に「収穫」「攻勢」はあれども、それだけで全体を語れません。
日中戦争では日本軍は南京へ侵攻し、その過程で暴虐の限りを尽くしますが、その後八路軍のゲリラ戦に苦しみます。朝鮮戦争では、北側が瞬く間に南側を日本海まで追い詰めますが、その後反撃されます。ベトナム戦争では、米軍は北爆など圧倒的物量によりベトナムに巨大な打撃を与えますが、最終的には敗北します。最近ではイラク戦争がありますが、短期でバグダッドを攻略した米軍も、その後ゲリラ戦(テロ)に悩まされこれは現在にまで至ります。
ですから、30年に渡る高麗侵略過程を一つの出来事で代表象徴させ、それを戦争全体の評価とするのは無理があります。
これは メッセージ 97856 (changamire_lozi さん)への返信です.
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