Re: 米国の「理想」と「善意」 Re: トピメ
投稿者: pinoko_pp 投稿日時: 2007/08/30 09:44 投稿番号: [97364 / 99628]
>当時、日本とソ連は日ソ中立条約を結んでいました。
日ソ中立条約に調印したソ連側の全権委員、モロトフは、
スターリンの片腕としてソ連外交を主導した人物だったしな。
(日本側全権委員は松岡洋祐など)
・・・スターリンは日本の指導者層にとって、
「日ソ中立条約を結び不可侵を約束した、まさにその相手」
だったわけだ。結果的に有効期限内に破棄、宣戦、
侵攻されることにはなったが。
スターリンが「話ができる相手」、「他の連合国との間に立って
くれるかも」と、日本の指導者達が考えていた可能性はあるな。。。
俺の主観だが、wikiの「8月8日深夜に日ソ中立条約の破棄を宣言し」
「9日午前零時を以って戦闘を開始」のくだりなど、
なんとしても国益のために、日本降伏までに急いで参戦しなければならない、
日本側に対応策を練る時間は与えない、という意志を感じる。
アメリカの事前通告なしの、数万人規模の民間人死傷者を出す
可能性のある新型爆弾の投下と、同じ臭いがするね。
日本側に対応策を練る時間は与えない、という点において。
>日ソ中立条約(にっそちゅうりつじょうやく)は
>1941年(昭和16年)に日本とソ連の間で締結された中立条約。
>相互不可侵および、一方が第三国の軍事行動の対象になった場合の
>他方の中立などを定めた全4条の条約本文、及び、満州国と
>モンゴル人民共和国それぞれの領土の保全と相互不可侵を
>うたった声明書から成る。
>1941年4月13日調印した。
>条約破棄
>1945年(昭和20年)4月5日、翌年期限切れとなる同条約を
>ソ連は延長しないことを日本に通達した。
>日本側はソ連の仲介による和平工作をソ連側に依頼していた。
>ソ連はこれを黙殺し密約どおり対日参戦を行うことになる。
>ソ連は8月8日深夜に日ソ中立条約の破棄を宣言し
>「日本がポツダム宣言を拒否したため連合国の参戦要請を受けた」
>として宣戦を布告。9日午前零時を以って戦闘を開始し、
>南樺太・千島列島及び満州国等へ侵攻した。
日ソ中立条約 -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%82%BD%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84
>大日本帝国天皇陛下及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦
>最高会議幹部会ハ両国間ノ平和及友好ノ関係ヲ強固ナラシムルノ
>希望ニ促サレ中立条約ヲ締結スルコトニ決シ之ガ為左ノ如ク
>其ノ全権委員ヲ任命セリ
>「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦最高会議幹部会
>「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦人民委員会議議長兼外務人民委員
>「ヴヤエスラウ、ミハイロウイチ、モロトフ」
>第一条 両締約国ハ両国間ニ平和及友好ノ関係ヲ維持シ且相互ニ
>他方締約国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スヘキコトヲ約ス
>両国間ノ平和及友好ノ関係ヲ保障スル為大日本帝国カ蒙古人民共和国ノ
>領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨
>又「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦カ満洲帝国ノ領土ノ保全及
>不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨厳粛ニ声明ス
大日本帝国及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦間中立条約(全文)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js16-6.htm
>ソビエト連邦首相、外相。第二次世界大戦前後の時代を通じて、
>スターリンの片腕としてソ連外交を主導した。1930年代以降唯一、
>スターリンに対して革命時代の愛称『コーバ』を使うことの
>許された人物であった。
>1941年スターリンに首相職を譲り、自らは外相専任となり
>ソ連外交を指揮した。松岡洋右・日本外相と日ソ中立条約に調印する。
ヴャチェスラフ・モロトフ -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%95
日ソ中立条約に調印したソ連側の全権委員、モロトフは、
スターリンの片腕としてソ連外交を主導した人物だったしな。
(日本側全権委員は松岡洋祐など)
・・・スターリンは日本の指導者層にとって、
「日ソ中立条約を結び不可侵を約束した、まさにその相手」
だったわけだ。結果的に有効期限内に破棄、宣戦、
侵攻されることにはなったが。
スターリンが「話ができる相手」、「他の連合国との間に立って
くれるかも」と、日本の指導者達が考えていた可能性はあるな。。。
俺の主観だが、wikiの「8月8日深夜に日ソ中立条約の破棄を宣言し」
「9日午前零時を以って戦闘を開始」のくだりなど、
なんとしても国益のために、日本降伏までに急いで参戦しなければならない、
日本側に対応策を練る時間は与えない、という意志を感じる。
アメリカの事前通告なしの、数万人規模の民間人死傷者を出す
可能性のある新型爆弾の投下と、同じ臭いがするね。
日本側に対応策を練る時間は与えない、という点において。
>日ソ中立条約(にっそちゅうりつじょうやく)は
>1941年(昭和16年)に日本とソ連の間で締結された中立条約。
>相互不可侵および、一方が第三国の軍事行動の対象になった場合の
>他方の中立などを定めた全4条の条約本文、及び、満州国と
>モンゴル人民共和国それぞれの領土の保全と相互不可侵を
>うたった声明書から成る。
>1941年4月13日調印した。
>条約破棄
>1945年(昭和20年)4月5日、翌年期限切れとなる同条約を
>ソ連は延長しないことを日本に通達した。
>日本側はソ連の仲介による和平工作をソ連側に依頼していた。
>ソ連はこれを黙殺し密約どおり対日参戦を行うことになる。
>ソ連は8月8日深夜に日ソ中立条約の破棄を宣言し
>「日本がポツダム宣言を拒否したため連合国の参戦要請を受けた」
>として宣戦を布告。9日午前零時を以って戦闘を開始し、
>南樺太・千島列島及び満州国等へ侵攻した。
日ソ中立条約 -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%82%BD%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84
>大日本帝国天皇陛下及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦
>最高会議幹部会ハ両国間ノ平和及友好ノ関係ヲ強固ナラシムルノ
>希望ニ促サレ中立条約ヲ締結スルコトニ決シ之ガ為左ノ如ク
>其ノ全権委員ヲ任命セリ
>「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦最高会議幹部会
>「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦人民委員会議議長兼外務人民委員
>「ヴヤエスラウ、ミハイロウイチ、モロトフ」
>第一条 両締約国ハ両国間ニ平和及友好ノ関係ヲ維持シ且相互ニ
>他方締約国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スヘキコトヲ約ス
>両国間ノ平和及友好ノ関係ヲ保障スル為大日本帝国カ蒙古人民共和国ノ
>領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨
>又「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦カ満洲帝国ノ領土ノ保全及
>不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨厳粛ニ声明ス
大日本帝国及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦間中立条約(全文)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js16-6.htm
>ソビエト連邦首相、外相。第二次世界大戦前後の時代を通じて、
>スターリンの片腕としてソ連外交を主導した。1930年代以降唯一、
>スターリンに対して革命時代の愛称『コーバ』を使うことの
>許された人物であった。
>1941年スターリンに首相職を譲り、自らは外相専任となり
>ソ連外交を指揮した。松岡洋右・日本外相と日ソ中立条約に調印する。
ヴャチェスラフ・モロトフ -wikipedia-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%95
これは メッセージ 97363 (ai_tatatata さん)への返信です.
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