ヒロシマというとき Re: 君は素晴らしい!
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2007/07/07 15:34 投稿番号: [97194 / 99628]
いやー、それにしても、よくぞあんな大昔の投稿を引っ張ってきますね!
さすが私の初代ストーカー!
検索じゃ出てきませんよね?
ひょっとしたら、私の投稿は別に大事に保管して、いつでも取り出せるように用意されてるのかもしれません。すごい執着心ですね!
>私がこの掲示板に参戦することを決意させたものだったので、時期と内容ははっきりと覚えてました
とか格好よく書かれてますが、うーん? そのわりには、ここはウヨクかどうかの論争ばかりで絡んできましたよね? 原爆投下のことなんかより、本当は、No.93176 に怒ったのは、
《ハッキリいうと、「自己愛史観」の賛同者というのはワガママなガキなんですよ。自分のことしか考えない、救い難いほどに未「成熟」な坊やなわけ。最近、自分を「王子」と呼ばせ、女の子を監禁したりしたアホなガキがニュースになったりしてましたが、「ナルシズム的」に自己愛だけが肥大化した「自己愛史観」が育てる日本人って、行き着くところ、あの手のガキですね。自分だけがかわいくて、自分だけが立派で、他者はみんなクズ。弱者に対する思いやりなどとうぜん皆無。そもそも他人の立場で考えるという想像力がまるでない。自分は「王子」、周囲はそんな自分にかしずくべきだと本気で夢想する。だから「チョン」とか平気で言うし、「朝鮮人には能力がない」なんて言って悦に入る。言われた側の感情などまったく眼中にない。怖ろしく傲岸不遜なガキですね。そんなガキどもを作ろうとしてるわけです》
と私が自己愛史観を攻撃した文章ではないですか? だとすれば合点がいきます。だって、ai_tatatata さんが最初に挑んできたのも、私が自己愛史観を揶揄した一文が原因でしたからね! ウヨクじゃないのに、まあ不思議!
ま、そんなことはいいとして、
>バカな国民がそのバカを選んだのだから自業自得
ヒロシマナガサキをいうとき、ある種のジレンマは、不安定な心情は免れません。小田実のいう「被害者だから加害者になる」を変奏していえば、「加害者だから被害者になった」という一面を、侵略した側の国民としては、そういう政権を選択した法治国家の国民としては、天皇制の秩序を支えた国民としては、否定できないわけです。(同じ帝国主義(=加害者)の米国が原爆投下したという細かいことは、とりあえず無視します)
たとえば、81年アジア・アフリカ・ラテンアメリカ文化会議におけるフィリピンの作家シオニール・ホセの次のような発言を、我々は重く受け止めねばなりません。
「日本の方々はよく広島長崎をおっしゃいます。大事な点であることはわかります。しかしながら、三十五年前、私の国もまた日本の軍隊によって支配されていたのであります。ですから、シンさん(インドの作家)が、広島長崎に同情を示されたのと同じ気持ちを私はもっておりません。三十五年前のフィリピン人の考え方は、広島長崎ばかりだけでなく、東京も京都も大阪も全部やってしまえばよかったのに、と。戦争を始めたから当たり前だ、と正直思っていたわけです。もちろん、このような惨禍が二度と繰り返されてはならないというのはわかります」『戦争責任戦後責任』田中宏他
タカ派の石波茂ですら、「フィリピンでは日本の徴用で大勢が死んだ。フィリピンの教科書はそれを何ページにも渡って書くが、日本ではせいぜい一行だ。日本人はこういう認識の落差を知らなさすぎる」というようなことを語ってました。
広島出身の詩人、栗原貞子の「ヒロシマというとき」を引きます。
ヒロシマというとき ああヒロシマとやさしくこたえてくれるだろうか ヒロシマといえばパールハーバー ヒロシマといえば南京虐殺 ヒロシマといえば 女や子供を壕のなかにとじこめガソリンをかけてやいたマニラの火刑 ヒロシマといえば 血と炎のこだまが返ってくるのだ
ヒロシマといえば ああヒロシマとやさしくは返ってこない アジアの国の死者たちや無告の民が いっせいに犯されたものの怒りを噴き出すのだ 〜
>私がこの掲示板に参戦することを決意させたものだったので、時期と内容ははっきりと覚えてました
とか格好よく書かれてますが、うーん? そのわりには、ここはウヨクかどうかの論争ばかりで絡んできましたよね? 原爆投下のことなんかより、本当は、No.93176 に怒ったのは、
《ハッキリいうと、「自己愛史観」の賛同者というのはワガママなガキなんですよ。自分のことしか考えない、救い難いほどに未「成熟」な坊やなわけ。最近、自分を「王子」と呼ばせ、女の子を監禁したりしたアホなガキがニュースになったりしてましたが、「ナルシズム的」に自己愛だけが肥大化した「自己愛史観」が育てる日本人って、行き着くところ、あの手のガキですね。自分だけがかわいくて、自分だけが立派で、他者はみんなクズ。弱者に対する思いやりなどとうぜん皆無。そもそも他人の立場で考えるという想像力がまるでない。自分は「王子」、周囲はそんな自分にかしずくべきだと本気で夢想する。だから「チョン」とか平気で言うし、「朝鮮人には能力がない」なんて言って悦に入る。言われた側の感情などまったく眼中にない。怖ろしく傲岸不遜なガキですね。そんなガキどもを作ろうとしてるわけです》
と私が自己愛史観を攻撃した文章ではないですか? だとすれば合点がいきます。だって、ai_tatatata さんが最初に挑んできたのも、私が自己愛史観を揶揄した一文が原因でしたからね! ウヨクじゃないのに、まあ不思議!
ま、そんなことはいいとして、
>バカな国民がそのバカを選んだのだから自業自得
ヒロシマナガサキをいうとき、ある種のジレンマは、不安定な心情は免れません。小田実のいう「被害者だから加害者になる」を変奏していえば、「加害者だから被害者になった」という一面を、侵略した側の国民としては、そういう政権を選択した法治国家の国民としては、天皇制の秩序を支えた国民としては、否定できないわけです。(同じ帝国主義(=加害者)の米国が原爆投下したという細かいことは、とりあえず無視します)
たとえば、81年アジア・アフリカ・ラテンアメリカ文化会議におけるフィリピンの作家シオニール・ホセの次のような発言を、我々は重く受け止めねばなりません。
「日本の方々はよく広島長崎をおっしゃいます。大事な点であることはわかります。しかしながら、三十五年前、私の国もまた日本の軍隊によって支配されていたのであります。ですから、シンさん(インドの作家)が、広島長崎に同情を示されたのと同じ気持ちを私はもっておりません。三十五年前のフィリピン人の考え方は、広島長崎ばかりだけでなく、東京も京都も大阪も全部やってしまえばよかったのに、と。戦争を始めたから当たり前だ、と正直思っていたわけです。もちろん、このような惨禍が二度と繰り返されてはならないというのはわかります」『戦争責任戦後責任』田中宏他
タカ派の石波茂ですら、「フィリピンでは日本の徴用で大勢が死んだ。フィリピンの教科書はそれを何ページにも渡って書くが、日本ではせいぜい一行だ。日本人はこういう認識の落差を知らなさすぎる」というようなことを語ってました。
広島出身の詩人、栗原貞子の「ヒロシマというとき」を引きます。
ヒロシマというとき ああヒロシマとやさしくこたえてくれるだろうか ヒロシマといえばパールハーバー ヒロシマといえば南京虐殺 ヒロシマといえば 女や子供を壕のなかにとじこめガソリンをかけてやいたマニラの火刑 ヒロシマといえば 血と炎のこだまが返ってくるのだ
ヒロシマといえば ああヒロシマとやさしくは返ってこない アジアの国の死者たちや無告の民が いっせいに犯されたものの怒りを噴き出すのだ 〜
これは メッセージ 97175 (ai_tatatata さん)への返信です.
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