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京大教授関係② Re: パークちゃんに

投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2007/06/22 04:10 投稿番号: [97067 / 99628]
哲学者のハンナ・アーレントは「イェルサレムのアイヒマン」が世間を騒がした頃、このアイヒマンのみならず、ナチに協力したユダヤ同胞にも厳しい目を向けました。これに噛み付いたのがゲルショム・ショーレムなのは、多読家ならご存知でしょう。

《「お前はユダヤ共同体の娘なのに、なぜユダヤ共同体を侮蔑するふるまいをするのか」、とまるで小林よしのり氏みたいに批判します》   『戦争論妄想論』宮台

ピンと来ましたよね!   そうです!   このショーレムのアーレントへの批判は、諸君の反日日本人批判とまったく同じなのです!   ショーレム=諸君、アーレント=反日日本人、こういう図式です。
これに対して、アーレントの反論を宮台はこうまとめます。

《それは自分(=アーレント)が市民社会を生きるユダヤの娘だからだ、当たり前じゃないか》   「前掲書」宮台

その「市民社会」とは、宮台によるとこんな感じです。(括弧内は前掲書から引用)

「近代社会で国家大のパブリックといえば、ブルジョア市民社会におけるパブリックを指すのが常識」で、パブリックとは「共生の条件を意味」し、「諸共同体の共生であり、諸共同体に属する個人の共生」で、それは加藤典洋なら、「共同性をくぐり抜けた公共性」とでも表現され、ようするに、「間共同体的なルールや想像力の領域こそが」「パブリックの概念なのです」

つまり、「ユダヤ共同体の娘なのに」なんで反ユダヤのようなことをするのだ、というショーレムの「共同体」は、ブルジョア市民社会以前の孤立した共同体概念を指すわけで、それに対して、現在を生きる我々は、間共同体を生きる共同体的人間なのだ、というアーレントのもっともな反論が返るわけです。
そこで小倉教授ですが、彼も市民社会における当たり前な(日韓の)共同体性という意識から、「多重的な主体性」を提唱し、そこを端緒に、この反市民社会的現状を超えるべく努力してはどうか、言い換えるなら、日韓の間共同性を構築せよ、とこういってるわけですね。

さて、毎日韓国の悪口書いてヘラヘラ笑うのが習慣の奇特な人を真似る愚行は卒業して、意見者の「色」なんぞ取り合えず脇に置き、堂々意見それ自体と向き合って下さい。ま、だいたい反論の中身は想像つきますから、それを先取りして再反論を先に書いてもいいけど、一応君に敬意を示すことにします。私の予測を裏切るような答えが返るとステキなんだけどね。
ちなみに、これは「在日は今後どうするのか?」という議論に通じる、というか、その議論そのものなんだ、ということはご理解いただけますね。
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