京大教授関係① Re: パークちゃんに
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2007/06/22 03:57 投稿番号: [97066 / 99628]
>こないだの京大教授もそうだったけど、もうちっとマシな証言引っ張っておいでね
京大教授の意見のどこがいけない? 京大ってだけで怪しい、とか書いてましたよね? 拓殖大学、皇學館大学、国学院大学、京都産業大学、帝京大学、こういったウヨク大学教授なら「マシ」なんですか! 浅田彰も京大准教授(まだ教授になってなかった!)ですが、現代日本最高の知性の一人です。東洋の端っこにある「美しい国」の現首相にブレーンとして仕える中西輝政も京大教授ですが、これはどうなんだい?
というか、君は何ひとつ小倉教授の意見に反論できてません。意見の中身は見ず、ただ意見者の「色」が濃いと叫んでそれで終りです。ここの嫌韓代表君が、アジア寄りの林教授の意見をめぐって表した醜態と同じなんです。そういう立場を貫いては、最終的に困るのは自分です。南京虐殺完全幻説を主張し、在日外国人の帰化後二等国民化論を提案し、植民地完全正当化論に加担して、中国を「シナ」と呼ぶ、その辺の街宣車右翼と大差のない超ウヨクな君の場合、連合赤軍並みに「色」が濃いわけですから、これは、自分の意見など価値がない、と宣言しているに等しいわけです。
堂々と小倉教授の意見に意見として対抗するべきです。彼の現状認識は、宮台真司の次の意見と比べると同一性を見出せます。まず小倉教授の意見から引きます。
《日本人は日本社会がバブル崩壊と極端なポストモダン化によって「劣化」したと認識した 〜(中略)〜 韓流と嫌韓流は、「ポストモダン化によって解体された主体を取り戻す」という点で共通する》 (小倉)
《日本では、90年代に入ってバブルが崩壊し、私はかならずしもそう思いませんが国民のあいだに広く社会不安が存在するかのような保守論壇的ムードのなかで、「新しい歴史教科書をつくる会」に代表されるような運動が出てきたわけです。
小林よしのり氏たちの戦争正当化の議論は 〜 ニーチェがいう意味でのニヒリズム、あるいは単なる無知の表れにすぎません 〜 ニーチェは「人間は、意味がないから良い生を生きられないのではなく、良い生を生きられないから意味にすがるのだ」と言いました。そのような意味にすがる人間を彼は弱者と呼び、キリスト教文化のなかで、意味がなくても生きられる強者を憎む、ルサンチマンに満ちた弱者が培われてきた》 『戦争論妄想論』(宮台)
宮台は、小倉のいう「ポストモダン化によって劣化したと認識した」のは、保守論壇と、それに乗せられた「ルサンチマンに満ちた弱者」、つまり諸君に限定していますが、ネットウヨクに代表される若者の右傾化現象を同じ背景で捉えているわけです。
こうして他者間に乖離と無理解が発生し、「問題」が生じるわけですが、それに対する処方箋として、小倉は、
《「多重的な主体性」という人間性を示したい。たとえば歴史問題について、各国、各陣営は、自らの論の正しさを貫くためにも、「人間」というものを単純化し一枚岩のものだとみなしてきた。しかし、加害者も被害者も、心の内面は単純ではなく、複雑で多重なのだ》 (小倉)
と簡潔にまとめました。それに対して宮台の場合は、知的な思考の必要性を延々説いていきますが(この辺が宮台らしく、その賢さに嫉妬した「弱者のルサンチマン」から宮台をからかったサイトを嬉々として紹介した恥ずかしい人がここにいました)、それでも共通項は見出せます。(以下次ページへ)
京大教授の意見のどこがいけない? 京大ってだけで怪しい、とか書いてましたよね? 拓殖大学、皇學館大学、国学院大学、京都産業大学、帝京大学、こういったウヨク大学教授なら「マシ」なんですか! 浅田彰も京大准教授(まだ教授になってなかった!)ですが、現代日本最高の知性の一人です。東洋の端っこにある「美しい国」の現首相にブレーンとして仕える中西輝政も京大教授ですが、これはどうなんだい?
というか、君は何ひとつ小倉教授の意見に反論できてません。意見の中身は見ず、ただ意見者の「色」が濃いと叫んでそれで終りです。ここの嫌韓代表君が、アジア寄りの林教授の意見をめぐって表した醜態と同じなんです。そういう立場を貫いては、最終的に困るのは自分です。南京虐殺完全幻説を主張し、在日外国人の帰化後二等国民化論を提案し、植民地完全正当化論に加担して、中国を「シナ」と呼ぶ、その辺の街宣車右翼と大差のない超ウヨクな君の場合、連合赤軍並みに「色」が濃いわけですから、これは、自分の意見など価値がない、と宣言しているに等しいわけです。
堂々と小倉教授の意見に意見として対抗するべきです。彼の現状認識は、宮台真司の次の意見と比べると同一性を見出せます。まず小倉教授の意見から引きます。
《日本人は日本社会がバブル崩壊と極端なポストモダン化によって「劣化」したと認識した 〜(中略)〜 韓流と嫌韓流は、「ポストモダン化によって解体された主体を取り戻す」という点で共通する》 (小倉)
《日本では、90年代に入ってバブルが崩壊し、私はかならずしもそう思いませんが国民のあいだに広く社会不安が存在するかのような保守論壇的ムードのなかで、「新しい歴史教科書をつくる会」に代表されるような運動が出てきたわけです。
小林よしのり氏たちの戦争正当化の議論は 〜 ニーチェがいう意味でのニヒリズム、あるいは単なる無知の表れにすぎません 〜 ニーチェは「人間は、意味がないから良い生を生きられないのではなく、良い生を生きられないから意味にすがるのだ」と言いました。そのような意味にすがる人間を彼は弱者と呼び、キリスト教文化のなかで、意味がなくても生きられる強者を憎む、ルサンチマンに満ちた弱者が培われてきた》 『戦争論妄想論』(宮台)
宮台は、小倉のいう「ポストモダン化によって劣化したと認識した」のは、保守論壇と、それに乗せられた「ルサンチマンに満ちた弱者」、つまり諸君に限定していますが、ネットウヨクに代表される若者の右傾化現象を同じ背景で捉えているわけです。
こうして他者間に乖離と無理解が発生し、「問題」が生じるわけですが、それに対する処方箋として、小倉は、
《「多重的な主体性」という人間性を示したい。たとえば歴史問題について、各国、各陣営は、自らの論の正しさを貫くためにも、「人間」というものを単純化し一枚岩のものだとみなしてきた。しかし、加害者も被害者も、心の内面は単純ではなく、複雑で多重なのだ》 (小倉)
と簡潔にまとめました。それに対して宮台の場合は、知的な思考の必要性を延々説いていきますが(この辺が宮台らしく、その賢さに嫉妬した「弱者のルサンチマン」から宮台をからかったサイトを嬉々として紹介した恥ずかしい人がここにいました)、それでも共通項は見出せます。(以下次ページへ)
これは メッセージ 97046 (kemex2201 さん)への返信です.
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