パッチギ井筒の正体 1
投稿者: tanqueray6253 投稿日時: 2007/06/02 00:56 投稿番号: [96910 / 99628]
「パッチギ!」監督について!
2007/06/01(金) 20:31:28 [メディア]
ランキング(政治)に参加中
文化庁から支援金3000万円!
納税国民に明かすべき「実名」!
ウリ民族フォーラム2005 in 京都 「子どもたちに明るい未来を」
第2部ではまた、各分野で活躍する在日同胞たちの「MILEメッセージ」が紹介された。 シネカノン代表取締役の李鳳宇氏と映画監督の井筒和幸氏、サッカー朝鮮ナショナルチーム代表の安英学選手(名古屋グランパスエイト)、京大博士で同大学大学院工学研究科助手の張浩徹氏、札ノ辻診療所副所長で、NPO法人エルファの副理事長である朴錫勇氏等が出演し、在日という立場は決して不利なものではなく、目標を定めその実現のために努力すれば、必ず夢はかなえられるということを強調した。朝鮮新報 2005年9月15日より/写真は「井筒和幸氏」(同映画サイトより)
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有志ブログのフォローに感謝!
先稿に紹介した上映中の井筒和幸監督作品『パッチギ! LOVE&PEACE』について、有志ブログから果敢なフォローをいただき、文化庁への電凸と調査等の貴重な情報を周知いただいた。英邁な調査と論及に感謝する。
小ブログの短稿では、その内容を少々紹介するとともに、当該映画の監督について触れる。
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この人物にしてこの「映画」あり!
ご存知の読者は多いことと思う。だが、ご存知ではない読者もおられると思うので、判別認識のために周知する。監督の井筒和幸氏は、朝鮮総連の機関紙・朝鮮新報(2005年9月15日付)の紙面において、「各分野で活躍する在日同胞たち」の1人として紹介されている。すなわち「井筒和幸」の実体が、在日朝鮮人として紹介されている。
テレビ画面に頻度高く登場し、同氏が述べる数々の反日的な言動に、「日本人なのになぜ?」と疑問に思われた方もおられるだろう。実は、芸能界に疎い筆者もその1人であった。不覚の至りである。先稿を機に、読者から協力をいただき、同氏が在日朝鮮人である、との情報を得た。表題引用の記事はその1つである。 この人物にしてこの「反日映画あり」ということになる。
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通名ではなく、本名を明かせ!
井筒 和幸氏(1952年12月13日)氏は、『日本の映画監督、タレント。奈良県大和郡山市出身。奈良県立奈良高等学校卒業』とある。(Wikipedia)以下、Wikipediaによれば、1970年代は、いわゆる「ピンク映画」の監督を生業としていたそうだ。その後、通常映画の制作を手がける監督業に転進したようだ。
特筆すべき事件として、1991年(平成3年)9月に、映画『東方見聞録』の撮影中に、俳優・林健太郎氏(当時21歳)が死亡する事件があった。林氏が総重量8kgの鎧を着せられ、手を縛られた状態で人工の滝壺に入れられ溺死する、という事件であった。
社会問題となったが、『遺族から告訴された井筒は、裁判において「林が自分の言うことを聞かず、勝手な行動を取ったため事故が起こった」というような発言をし、被害者感情を著しく損ねた。ちなみに製作を担当したディレクターズ・カンパニーが倒産した為、慰謝料は井筒がその後全額支払ったと言われている』(同)とある。
さらに、『このとき多額の慰謝料債務を背負い、映画監督としての道をも閉ざされかけていた井筒に手を差し伸べたのが、シネカノン代表の李鳳宇である。そして、李鳳宇の父親は朝鮮総連幹部であるため、これを契機に井筒と朝鮮総連との間に深い関わりが生まれたと言われる』(同)とある。
だが、この時に「深いかかわりが生まれた」というよりは、「在日同胞」として、元々あった「深いきずな」であろう。それによって現在の生業への復帰を果たしたのである。朝鮮総連といえば、金正日政権の下部組織であり、対日工作機関の役割りを持つ集団である。そうした集団にきずなを持つ人物であるならば、反日映画の製作を監督を務めても何ら不自然でもなく、上記の「日本人なのになぜ?」という疑問も消える。
「判別」は、言動の背景を識る上で重要である。その正体を知らない、または気づかないままでいれば、誤解が誤解を生む結果を招く。その場合が往々にしてあるからだ。
国民視聴者は、この人物の発言を多分に「日本人の意見」として聞くだろう。あの朝日新聞の本多勝一氏と同様のスタイルであり、一種の「騙(だま)し」である。本多氏の場合は、多数の反日記事を執筆して有名になった「事後」に、自らが在日であることを明かし、本名(崔 泰英)を披露しているが、井筒氏は、未だに自らの正体も本名を明かしていないことになる。
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2007/06/01(金) 20:31:28 [メディア]
ランキング(政治)に参加中
文化庁から支援金3000万円!
納税国民に明かすべき「実名」!
ウリ民族フォーラム2005 in 京都 「子どもたちに明るい未来を」
第2部ではまた、各分野で活躍する在日同胞たちの「MILEメッセージ」が紹介された。 シネカノン代表取締役の李鳳宇氏と映画監督の井筒和幸氏、サッカー朝鮮ナショナルチーム代表の安英学選手(名古屋グランパスエイト)、京大博士で同大学大学院工学研究科助手の張浩徹氏、札ノ辻診療所副所長で、NPO法人エルファの副理事長である朴錫勇氏等が出演し、在日という立場は決して不利なものではなく、目標を定めその実現のために努力すれば、必ず夢はかなえられるということを強調した。朝鮮新報 2005年9月15日より/写真は「井筒和幸氏」(同映画サイトより)
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有志ブログのフォローに感謝!
先稿に紹介した上映中の井筒和幸監督作品『パッチギ! LOVE&PEACE』について、有志ブログから果敢なフォローをいただき、文化庁への電凸と調査等の貴重な情報を周知いただいた。英邁な調査と論及に感謝する。
小ブログの短稿では、その内容を少々紹介するとともに、当該映画の監督について触れる。
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この人物にしてこの「映画」あり!
ご存知の読者は多いことと思う。だが、ご存知ではない読者もおられると思うので、判別認識のために周知する。監督の井筒和幸氏は、朝鮮総連の機関紙・朝鮮新報(2005年9月15日付)の紙面において、「各分野で活躍する在日同胞たち」の1人として紹介されている。すなわち「井筒和幸」の実体が、在日朝鮮人として紹介されている。
テレビ画面に頻度高く登場し、同氏が述べる数々の反日的な言動に、「日本人なのになぜ?」と疑問に思われた方もおられるだろう。実は、芸能界に疎い筆者もその1人であった。不覚の至りである。先稿を機に、読者から協力をいただき、同氏が在日朝鮮人である、との情報を得た。表題引用の記事はその1つである。 この人物にしてこの「反日映画あり」ということになる。
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通名ではなく、本名を明かせ!
井筒 和幸氏(1952年12月13日)氏は、『日本の映画監督、タレント。奈良県大和郡山市出身。奈良県立奈良高等学校卒業』とある。(Wikipedia)以下、Wikipediaによれば、1970年代は、いわゆる「ピンク映画」の監督を生業としていたそうだ。その後、通常映画の制作を手がける監督業に転進したようだ。
特筆すべき事件として、1991年(平成3年)9月に、映画『東方見聞録』の撮影中に、俳優・林健太郎氏(当時21歳)が死亡する事件があった。林氏が総重量8kgの鎧を着せられ、手を縛られた状態で人工の滝壺に入れられ溺死する、という事件であった。
社会問題となったが、『遺族から告訴された井筒は、裁判において「林が自分の言うことを聞かず、勝手な行動を取ったため事故が起こった」というような発言をし、被害者感情を著しく損ねた。ちなみに製作を担当したディレクターズ・カンパニーが倒産した為、慰謝料は井筒がその後全額支払ったと言われている』(同)とある。
さらに、『このとき多額の慰謝料債務を背負い、映画監督としての道をも閉ざされかけていた井筒に手を差し伸べたのが、シネカノン代表の李鳳宇である。そして、李鳳宇の父親は朝鮮総連幹部であるため、これを契機に井筒と朝鮮総連との間に深い関わりが生まれたと言われる』(同)とある。
だが、この時に「深いかかわりが生まれた」というよりは、「在日同胞」として、元々あった「深いきずな」であろう。それによって現在の生業への復帰を果たしたのである。朝鮮総連といえば、金正日政権の下部組織であり、対日工作機関の役割りを持つ集団である。そうした集団にきずなを持つ人物であるならば、反日映画の製作を監督を務めても何ら不自然でもなく、上記の「日本人なのになぜ?」という疑問も消える。
「判別」は、言動の背景を識る上で重要である。その正体を知らない、または気づかないままでいれば、誤解が誤解を生む結果を招く。その場合が往々にしてあるからだ。
国民視聴者は、この人物の発言を多分に「日本人の意見」として聞くだろう。あの朝日新聞の本多勝一氏と同様のスタイルであり、一種の「騙(だま)し」である。本多氏の場合は、多数の反日記事を執筆して有名になった「事後」に、自らが在日であることを明かし、本名(崔 泰英)を披露しているが、井筒氏は、未だに自らの正体も本名を明かしていないことになる。
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これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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