牧歌的(1)Re: 実際、僕が悪い
投稿者: assocy 投稿日時: 2007/03/17 00:18 投稿番号: [96196 / 99628]
あなたが思い描く資本主義は、夢のような理想郷なんですね。そんな資本主義が現実にあったら、本当に素晴らしいでしょうねぇ。あこがれます。
>労働は楽しいぞ。仕事は楽しい。共産主義でもそりゃ労働の楽しさはあるだろう
はい。確かにその通りです。しかし、そこには一定の条件があるというのがマルクスの説です。
┌真実の経済−節約−は、労働時間の節約である。だが、この節約は生産
│力の発展と一致している。だから、それは享受を断念することでは決し
|てなく、生産のための力、能力を発展させること、だからまた享受の
|能力をも発展させることである。《中略》労働時間の節約は、自由な
|時間の増大、つまり個人のまっとうな発展のための時間の増大に等しく、
|またこの発展はそれ自身がこれまた最大の生産力に等しく、労働の
└生産力に反作用を及ぼす。(経済学批判要綱」)
つまり、労働はだらだら長くやっても駄目で、適切な長さを超えないようにして自由時間をできるだけ多く確保するほうが、労働の効率(生産力、生産能力)は上がるということです。
>それだけじゃない。一つの目標に対して達成した、また顧客が喜んだ。
>そういうところに労働の喜びはあるよね。
激しく同意です!
┌われわれはいずれも、自分の生産において自分自身と相手とを二重に肯定し
|たことであろう。私は、一、私の生産において私の個性を、その独自性を、
|対象化したことであろう。したがって私は、活動の最中には個人的な生命発
|現を楽しみ、そしてまた、対象物をながめては、私の人格性を対象的な、
|感性的に直観できる、それゆえに全く明々白々な力として知るという
|個人的な喜びを味わうことであろう。二、私の生産物を君が享受したりつか
|ったりするとき、私は直接に、次のような喜びを味わうことであろう。
|すなわち、私は労働することによって人間的欲望を充足し、したがって
|人間的な本質を対象化し、それゆえに、他人の人間的な本質の欲望にそれ
|に適合した対象物を供給した、と意識する喜びを、三、君にとって私は、
|君と類とをとりもつ仲介者の役割を果たしており、したがって、君自身が
|私を、君自身の本質の補完物、君自身の不可欠の一部として知りかつ感じて
|くれており、したがって、君の志向の中でも愛の中でも私を確証している
|ことを知るという喜びを、四、私は私の個人的な生命発現の中で直接に君
|の生命発現をつくりだし、したがって、私の個人的な活動の中で直接に私
|の真の本質を、確証し実現したという喜びを、こうした喜びを私は直接に味
|わうことであろう。/われわれの生産はそのひとつひとつが、われわれの本
|質を映し出す鏡となってなるであろう。/そのときには、この関係は相互的
└となり、私の側でおこることが君の側でもおこるだろう。(ミル評注)
これはどんな社会でも決してなくなることがない、労働における人間同士の関係ですが、しかし、なくなることはないとはいえ、社会の仕組み次第では大いに歪められてしまいもします。
TO BE CONTINUED…
>労働は楽しいぞ。仕事は楽しい。共産主義でもそりゃ労働の楽しさはあるだろう
はい。確かにその通りです。しかし、そこには一定の条件があるというのがマルクスの説です。
┌真実の経済−節約−は、労働時間の節約である。だが、この節約は生産
│力の発展と一致している。だから、それは享受を断念することでは決し
|てなく、生産のための力、能力を発展させること、だからまた享受の
|能力をも発展させることである。《中略》労働時間の節約は、自由な
|時間の増大、つまり個人のまっとうな発展のための時間の増大に等しく、
|またこの発展はそれ自身がこれまた最大の生産力に等しく、労働の
└生産力に反作用を及ぼす。(経済学批判要綱」)
つまり、労働はだらだら長くやっても駄目で、適切な長さを超えないようにして自由時間をできるだけ多く確保するほうが、労働の効率(生産力、生産能力)は上がるということです。
>それだけじゃない。一つの目標に対して達成した、また顧客が喜んだ。
>そういうところに労働の喜びはあるよね。
激しく同意です!
┌われわれはいずれも、自分の生産において自分自身と相手とを二重に肯定し
|たことであろう。私は、一、私の生産において私の個性を、その独自性を、
|対象化したことであろう。したがって私は、活動の最中には個人的な生命発
|現を楽しみ、そしてまた、対象物をながめては、私の人格性を対象的な、
|感性的に直観できる、それゆえに全く明々白々な力として知るという
|個人的な喜びを味わうことであろう。二、私の生産物を君が享受したりつか
|ったりするとき、私は直接に、次のような喜びを味わうことであろう。
|すなわち、私は労働することによって人間的欲望を充足し、したがって
|人間的な本質を対象化し、それゆえに、他人の人間的な本質の欲望にそれ
|に適合した対象物を供給した、と意識する喜びを、三、君にとって私は、
|君と類とをとりもつ仲介者の役割を果たしており、したがって、君自身が
|私を、君自身の本質の補完物、君自身の不可欠の一部として知りかつ感じて
|くれており、したがって、君の志向の中でも愛の中でも私を確証している
|ことを知るという喜びを、四、私は私の個人的な生命発現の中で直接に君
|の生命発現をつくりだし、したがって、私の個人的な活動の中で直接に私
|の真の本質を、確証し実現したという喜びを、こうした喜びを私は直接に味
|わうことであろう。/われわれの生産はそのひとつひとつが、われわれの本
|質を映し出す鏡となってなるであろう。/そのときには、この関係は相互的
└となり、私の側でおこることが君の側でもおこるだろう。(ミル評注)
これはどんな社会でも決してなくなることがない、労働における人間同士の関係ですが、しかし、なくなることはないとはいえ、社会の仕組み次第では大いに歪められてしまいもします。
TO BE CONTINUED…
これは メッセージ 96194 (hidarino5 さん)への返信です.
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