Re: 歴史教科書
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2005/12/21 02:05 投稿番号: [93109 / 99628]
net_bios_07 さん、こんばんは。
「パクリ」についてはわかりました。なるほど、そういうあからさまな「パクリ」を問題にしていたのですね。韓国側はその「パクった」モノを日本起源ではなく自家製だと言っている、これは無茶苦茶じゃないか、と、そういうことですね。
これについては、私には返す言葉が思いつきません。net_bios_07 さんのおっしゃる通りであれば、たしかに腹立たしいかもしれないですね。
次に「日帝36年の屈辱」についてですが、前者ではない、ということで少しホッとしました。では、後者についてとなりますが、ところで、そのような主張がここ数年日本人の間にもずいぶんと台頭してきました。
いわく、「日本は良いこともたくさんした、だから一方的に責められるのはおかしい、感謝されてもいいぐらいだ」と、まあこんなところでしょうか。
その主張の急先鋒に『新しい歴史教科書を作る会』があります。私は、かれらの目的が純粋に歴史的知的関心を動機にするなら、さすがに支持はしなくとも、敵視もしないでしょう。ですが、そうではなく、かれらの「運動」の目的は、じつは歴史を奇貨とした政治的プロパガンダなら、と勘繰ったらどうでしょうか? じっさい、かれらは、教科書を通して日本人に誇りを回復させたい、と執拗に言いますね。その物言いに、思想教育の匂いを感じるわけです。日本人としての誇りを持つべし、という「べき」論でそれを押し付けようとしている、それに私は危惧を抱いてしまうわけです。なぜなら、日本人としての誇りなど持たない、という民主主義社会には当然不可欠な思想の自由をかれらは認めないからです。くどいようですが、批評すべきは、かれらの「べき」論です。日本人を「誇り」というアイテムで画一化したい、そのきわめて政治的な意図なのです。
なんで、こんなことを長々と書くのかというと、つまり、ですから、net_bios_07 さんが、かれらと似たような歴史についての意見を持ち、さらには語る、そこにかれらのような姑息な意図がないのであれば、おおいに結構、ということなんです。歴史論争ならいくらだってやって下さい。もちろん、その反論もまた別な意見の持ち主から返るでしょうが、その相手に私はふさわしくないですね。なぜなら、さほどそれに関心がないからです。たいへん申し訳ないのですが、そういうわけで、
>朝鮮半島にあった財産を搾取しまくったという韓国側の主張が正しくないことが
私にはぜんぜん「わかって」ないわけですね。
さて、参政権の問題ですが、これは地方参政権と国政とを分けて考えねばなりません。まず、在日の多くは国政までは求めてない、それは理解して下さい。
しかし、或いは、地方のそれだけでも net_bios_07 さんは述べられたような危機感を抱くかもしれません。しかし、参政権否定の根拠としてはどうでしょうか?
つまり、そのような壮大な「物語」は現実にはほとんど(というかまったく)起こり得ないですよね。反対するのは勝手ですが、もし本気で在日の参政権を阻止したいのであれば、もっと別な論拠を探ることをお勧めします。スパイ小説もどきの二束三文な「物語」の開陳は、反対派をも賛成派にしてしまうかもしれませんよ。
それと、在日が選挙権によりその影響力を行使できる範囲は、広い日本の中ではきわめて限定されています。なぜなら、在日はほとんど都市部にしか住んでいないからです。そんな事情を考慮してもまだ述べられた「物語」が妥当か否かを再考してみて下さい。
>反日教育が、日本に対する朝鮮人の態度の悪さを助長していることは間違いないでしょう
ならば、何も現代史を教えない日本の教育実態が、朝鮮人に対する無理解を「助長」している、とは言えないのですか? 私はここでいつも不思議に思うのは、韓国朝鮮の悪しき面のみを糾弾し、自国のそれには頬被りする、という基本姿勢です。それはそれで良いのですか? 韓国も同じだ、なんてつまらん答えは返さないで下さい。他者を問うなら、まず自分を振り返る、それが一般的なモラルではないですか?
「パクリ」についてはわかりました。なるほど、そういうあからさまな「パクリ」を問題にしていたのですね。韓国側はその「パクった」モノを日本起源ではなく自家製だと言っている、これは無茶苦茶じゃないか、と、そういうことですね。
これについては、私には返す言葉が思いつきません。net_bios_07 さんのおっしゃる通りであれば、たしかに腹立たしいかもしれないですね。
次に「日帝36年の屈辱」についてですが、前者ではない、ということで少しホッとしました。では、後者についてとなりますが、ところで、そのような主張がここ数年日本人の間にもずいぶんと台頭してきました。
いわく、「日本は良いこともたくさんした、だから一方的に責められるのはおかしい、感謝されてもいいぐらいだ」と、まあこんなところでしょうか。
その主張の急先鋒に『新しい歴史教科書を作る会』があります。私は、かれらの目的が純粋に歴史的知的関心を動機にするなら、さすがに支持はしなくとも、敵視もしないでしょう。ですが、そうではなく、かれらの「運動」の目的は、じつは歴史を奇貨とした政治的プロパガンダなら、と勘繰ったらどうでしょうか? じっさい、かれらは、教科書を通して日本人に誇りを回復させたい、と執拗に言いますね。その物言いに、思想教育の匂いを感じるわけです。日本人としての誇りを持つべし、という「べき」論でそれを押し付けようとしている、それに私は危惧を抱いてしまうわけです。なぜなら、日本人としての誇りなど持たない、という民主主義社会には当然不可欠な思想の自由をかれらは認めないからです。くどいようですが、批評すべきは、かれらの「べき」論です。日本人を「誇り」というアイテムで画一化したい、そのきわめて政治的な意図なのです。
なんで、こんなことを長々と書くのかというと、つまり、ですから、net_bios_07 さんが、かれらと似たような歴史についての意見を持ち、さらには語る、そこにかれらのような姑息な意図がないのであれば、おおいに結構、ということなんです。歴史論争ならいくらだってやって下さい。もちろん、その反論もまた別な意見の持ち主から返るでしょうが、その相手に私はふさわしくないですね。なぜなら、さほどそれに関心がないからです。たいへん申し訳ないのですが、そういうわけで、
>朝鮮半島にあった財産を搾取しまくったという韓国側の主張が正しくないことが
私にはぜんぜん「わかって」ないわけですね。
さて、参政権の問題ですが、これは地方参政権と国政とを分けて考えねばなりません。まず、在日の多くは国政までは求めてない、それは理解して下さい。
しかし、或いは、地方のそれだけでも net_bios_07 さんは述べられたような危機感を抱くかもしれません。しかし、参政権否定の根拠としてはどうでしょうか?
つまり、そのような壮大な「物語」は現実にはほとんど(というかまったく)起こり得ないですよね。反対するのは勝手ですが、もし本気で在日の参政権を阻止したいのであれば、もっと別な論拠を探ることをお勧めします。スパイ小説もどきの二束三文な「物語」の開陳は、反対派をも賛成派にしてしまうかもしれませんよ。
それと、在日が選挙権によりその影響力を行使できる範囲は、広い日本の中ではきわめて限定されています。なぜなら、在日はほとんど都市部にしか住んでいないからです。そんな事情を考慮してもまだ述べられた「物語」が妥当か否かを再考してみて下さい。
>反日教育が、日本に対する朝鮮人の態度の悪さを助長していることは間違いないでしょう
ならば、何も現代史を教えない日本の教育実態が、朝鮮人に対する無理解を「助長」している、とは言えないのですか? 私はここでいつも不思議に思うのは、韓国朝鮮の悪しき面のみを糾弾し、自国のそれには頬被りする、という基本姿勢です。それはそれで良いのですか? 韓国も同じだ、なんてつまらん答えは返さないで下さい。他者を問うなら、まず自分を振り返る、それが一般的なモラルではないですか?
これは メッセージ 93076 (net_bios_07 さん)への返信です.
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