広島再考ネタ1
投稿者: totemize2002 投稿日時: 2003/08/08 19:39 投稿番号: [82852 / 99628]
「戦後民主主義」の学者や記者の著作がずらり・・・・
http://www.sankei.co.jp/news/030805/morning/column.htm【産経抄】
あすは五十八回目の広島「原爆の日」。北朝鮮が現実に「核」に手をかけた今年は冷戦後、わが国が最も「核の脅威」に近づいた中での慰霊の日だ。これをしっかり認識すべき時だが、ある私立高校が「夏休みに読むべき本」として生徒に推薦したリストを見て驚いた。
▼国内では日本断罪史観を煽(あお)り、外では共産主義体制の暴政、特に北朝鮮の拉致や核開発に目をつぶってきた「戦後民主主義」の学者や記者の著作がずらりと並んでいるのだ。ベルリンの壁崩壊以降の世界を正視しようとしない教師たちの思想的怠慢だろう。
▼結果的にベトナム全土共産化の応援団となったべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の元リーダーたちもそうだ。過去への反省、歴史的実証もなく今なお「南京大虐殺」は存在したと公然と論(あげつら)っている。こうした勢力が「反戦・平和」の念仏を唱えてイラク戦争反対に連なった。
▼「私の人生すべてが失敗だった」。ブルガリアの共産体制に三十五年間も君臨したジフコフ氏の晩年の告白だ。ほんの一時、スターリンの後継者だったマレンコフ氏も晩年、かつて自ら破壊に手を貸したロシア正教会に通い賛美歌を歌い続けた。
▼共産政権の頂点にあった指導者さえ独裁統治を「懺悔(ざんげ)」した。今年は「1984年」や「動物農場」などの代表作で全体主義体制の恐怖を比喩的に暴いた英作家、G・オーウェルの生誕百年。スターリンは死後五十年だ。共産主義の歴史的意味を考える格好の時だろう。
▼米国が投下した原爆だったが、今や漫然と「反戦・平和」と祈るだけで犠牲者たちの鎮魂となるのか。繰り返したくない「過ち」の潜在的な源は隣の半島の北側にしかない。今年の「広島」はそれを明確に発信すべき場だ。
これは メッセージ 82846 (manabiya_15 さん)への返信です.
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