デカルト
投稿者: flower_charming 投稿日時: 2003/02/15 12:19 投稿番号: [75637 / 99628]
これも終わった話を蒸し返すと言われてしまうのでしょうか?
さて、まず私のアイデンティティーの解釈ですが、自己確認、自己同一性、自我同一性としほうが良かったでしょうか?
そしてこれはデカルトの「我思う、ゆえに、我あり」に帰結するだろうということは、私も賛同します。
しかしながら、これが実生活の中で、つまり社会のなかで、そんな自分が一体なんであるかということにも関連されてくると思います。
それが私の言った「主体である本人の帰属制」の解釈です。
帰属制というより従属制のほうが、貴方が言う「すっきり」としますか?
となると国籍や民族というのは非常にアイデンティティーを計りやすいものであると思います。
そして、私がこのアイデンティティーを引き合いに出したのは、「在日韓国人3世が日本と韓国のどちらにアイデンティティーがあるか」ということだけです。
さて、どちらでしょうか?
それは「国籍の選択」という簡単な問題ではないと思います。
ではトピにふさわしく外国人サッカープレイヤーは日本でプレイするために、日本に帰化するケースがありますよね。その時の彼のアイデンティティーは?このように思うわけです。
これは メッセージ 75623 (butaru2002 さん)への返信です.
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