鉄道技術比較2
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2003/01/02 02:45 投稿番号: [73630 / 99628]
ウリナラ
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/12/31/20021231000014.html
ようやく開通する高速列車の陰の主役たち
呉仁澤(オ・インテク/43)さんにとって2003年はまさに「夢★がかなう1年」である。呉さんら韓国高速鉄道建設公団の職員は長い間、この夢を抱いていた。
2003年12月、様々な逆境を乗り越え、「レールの上の飛行機」と呼ばれる高速列車がソウルー大田(テジョン)区間の運行を始める。1992年6月の着工以来、11年6カ月がかかった。
最高時速300キロ、平均時速220キロ、1秒に100メートルを切る速度でソウルから大田まで47分で走破する革命的な交通手段が国民の前に登場するのだ。
「10年前、歴史の現場で汗を流したくて志願しました。その時、上司は“高速鉄道が実現するわけがない”として引き止めました」
大企業研究所の鉄道専門家として働き、現在は高速鉄道公団の試験稼動チーム長を務めている呉さんは、昨年夏から週末には坪村(ピョンチョン)の自宅から2人の息子とともに南ソウル駅(光明駅)まで「自転車ドライブ」をしている。
「父が新しい歴史を切り開く重要な仕事をしているということを見せたくてね。巨大な構造物が一つ、二つ立てられる光景を見る息子たちの目を見るたびに胸がいっぱいになります」
高速列車は今年年末のソウルー大田運行に続き、04年4月には韓半島南端の両端である釜山(プサン)と木浦(モクポ)まで運行区間を延ばす。釜山まで1時間56分。地下鉄のように10〜15分間隔で運行される高速列車に乗れば、全国が文字通り、「1日生活圏」になるわけだ。
現在92%に迫っている全体工程は上半期中に完了する。9月からはソウルー大田の159キロ区間で総合試験運転が行われる。
李鍾龍(イ・ジョンヨン/55)高陽(コヤン)車両試験整備事務所長は、「これまでの気苦労を本にまとめれば分厚い本1冊分はなるだろう」とした。金雲顯(キム・ウンヒョン/43)レール製作チーム長は「96年、至る所で手抜き工事が発覚し、再工事を行い、完工時期も延期された時には生きた心地でなかった」と振り返った。
高速鉄道は、起案は全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領、実際の計画作りは盧泰愚(ノ・テウ)大統領、着工は金泳三(キム・ヨンサム)大統領時代に行われた。そして金大中(キム・デジュン)大統領を経て次期政権下でようやく実りを上げる「建国以来の最大国策事業」である。
しかし、当初5兆ウォンから始めて20兆ウォンにまで膨れ上がった工事費のため、「建国以来の無駄使い」、「建国以来の最大の不正」とも言われた。機関手の金炯龍(キム・ヒョンリョン/37)さんは「親戚らがよく電話で安否を聞いてきた」と笑顔で話した。
今やこうした辛かった出来事も思い出になっている。待望の初運行の準備はほぼ終わり、大詰めの点検がたけなわだ。
99年から3年間、試験運行を重ね、車両・線路・電力・信号通信・整備といった各分野で約180種類の木目細かなテストを終えた。7月には光明、天安(チョンアン)駅がオープンし。10月には龍山(ヨンサン)駅が完工される。
計20両(動力車2両及び客車18両)、長さ388メートル、1台500億ウォンに上る青色の「夢の列車」、走る列車の中でもコーヒーカップが揺れない列車が韓国の山野を縫って走る瞬間が目前まで迫ってきた。
李衛(イ・ウィ)記者
____________________
手抜き工事が多数だそうです。無事に乗れるといいですね。
また南ソウル駅は「光明駅」だそうです。駅のネーミングも北の金王朝的になってきました。ソウルのどこに出来るか知りませんが、もう少しまともな名前はなかったんでしょうか?少なくともソウルで「光明」なる地域は知りませんがそんな地名があるんでしょうか?あるんだったらいいんですけど。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/12/31/20021231000014.html
ようやく開通する高速列車の陰の主役たち
呉仁澤(オ・インテク/43)さんにとって2003年はまさに「夢★がかなう1年」である。呉さんら韓国高速鉄道建設公団の職員は長い間、この夢を抱いていた。
2003年12月、様々な逆境を乗り越え、「レールの上の飛行機」と呼ばれる高速列車がソウルー大田(テジョン)区間の運行を始める。1992年6月の着工以来、11年6カ月がかかった。
最高時速300キロ、平均時速220キロ、1秒に100メートルを切る速度でソウルから大田まで47分で走破する革命的な交通手段が国民の前に登場するのだ。
「10年前、歴史の現場で汗を流したくて志願しました。その時、上司は“高速鉄道が実現するわけがない”として引き止めました」
大企業研究所の鉄道専門家として働き、現在は高速鉄道公団の試験稼動チーム長を務めている呉さんは、昨年夏から週末には坪村(ピョンチョン)の自宅から2人の息子とともに南ソウル駅(光明駅)まで「自転車ドライブ」をしている。
「父が新しい歴史を切り開く重要な仕事をしているということを見せたくてね。巨大な構造物が一つ、二つ立てられる光景を見る息子たちの目を見るたびに胸がいっぱいになります」
高速列車は今年年末のソウルー大田運行に続き、04年4月には韓半島南端の両端である釜山(プサン)と木浦(モクポ)まで運行区間を延ばす。釜山まで1時間56分。地下鉄のように10〜15分間隔で運行される高速列車に乗れば、全国が文字通り、「1日生活圏」になるわけだ。
現在92%に迫っている全体工程は上半期中に完了する。9月からはソウルー大田の159キロ区間で総合試験運転が行われる。
李鍾龍(イ・ジョンヨン/55)高陽(コヤン)車両試験整備事務所長は、「これまでの気苦労を本にまとめれば分厚い本1冊分はなるだろう」とした。金雲顯(キム・ウンヒョン/43)レール製作チーム長は「96年、至る所で手抜き工事が発覚し、再工事を行い、完工時期も延期された時には生きた心地でなかった」と振り返った。
高速鉄道は、起案は全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領、実際の計画作りは盧泰愚(ノ・テウ)大統領、着工は金泳三(キム・ヨンサム)大統領時代に行われた。そして金大中(キム・デジュン)大統領を経て次期政権下でようやく実りを上げる「建国以来の最大国策事業」である。
しかし、当初5兆ウォンから始めて20兆ウォンにまで膨れ上がった工事費のため、「建国以来の無駄使い」、「建国以来の最大の不正」とも言われた。機関手の金炯龍(キム・ヒョンリョン/37)さんは「親戚らがよく電話で安否を聞いてきた」と笑顔で話した。
今やこうした辛かった出来事も思い出になっている。待望の初運行の準備はほぼ終わり、大詰めの点検がたけなわだ。
99年から3年間、試験運行を重ね、車両・線路・電力・信号通信・整備といった各分野で約180種類の木目細かなテストを終えた。7月には光明、天安(チョンアン)駅がオープンし。10月には龍山(ヨンサン)駅が完工される。
計20両(動力車2両及び客車18両)、長さ388メートル、1台500億ウォンに上る青色の「夢の列車」、走る列車の中でもコーヒーカップが揺れない列車が韓国の山野を縫って走る瞬間が目前まで迫ってきた。
李衛(イ・ウィ)記者
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手抜き工事が多数だそうです。無事に乗れるといいですね。
また南ソウル駅は「光明駅」だそうです。駅のネーミングも北の金王朝的になってきました。ソウルのどこに出来るか知りませんが、もう少しまともな名前はなかったんでしょうか?少なくともソウルで「光明」なる地域は知りませんがそんな地名があるんでしょうか?あるんだったらいいんですけど。
これは メッセージ 73629 (hidarino5 さん)への返信です.
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