ドイツとdavidpkjp
投稿者: katsucurrykarakuchi 投稿日時: 2002/09/16 17:27 投稿番号: [68495 / 99628]
ドイツが謝罪と補償をした相手はユダヤ人だけだよ。
http://www1.plala.or.jp/stein/GSK_honbun/Kolonien/イギリス、フランスには全く劣るけど、ここら辺のアフリカの国々はドイツの植民地だったけど、いまだに謝罪も補償もしていない。ドイツを見習えというのなら、朝鮮にも謝罪も補償もする必要がないというだけのことなんだけどね。
それによく読んで見たら、けっこうな数(10万人)の現地アフリカ人を殺しているな。
ドイツ領東アフリカ最大の反乱
「
1902年にゲッツェン総督は、綿花の共同栽培を導入し、村の成年男子を年28日強制労働に従事させたが、実際の労働日は予定より延びることがしばしばで、郡長や村長を使って強行させた。1905年7月収穫期を迎えてついに住民の暴動が起こった。彼らは敵の弾丸に当たらない魔法の水(スワヒリ語で水はマジ)を飲む儀式を受けていたことから、マジマジ闘争と呼ばれている。もともとはキンジキティレという呪術師が白人の力を弱める魔法の水を「発見」し巡礼者に施していたもので、これを持ち帰った住民が闘争に利用したのである。ルフィジ川の南のマトゥンビ族の暴動から端を発し、6週間後にはダル・エス・サラームとキロサを結ぶ線より南の全地域(東アフリカの1/3)に広がった。マヘンゲでは4000人の暴徒に攻撃されたが、ドイツ本国からの援軍に助けられた。その後ドイツ軍が全地域の家屋や畑に火をつける焦土作戦に出て、飢饉が発生するなどして抵抗は2年で終結した。犠牲者は10万人以上と言われている。」
これは メッセージ 68488 (donsajn さん)への返信です.
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