歴史教科書採択問題3
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/29 20:47 投稿番号: [61888 / 99628]
採択制度の問題
教科書採択は、文部科学省の検定に合格した各教科複数の教科書を対象におこなわれる。通常検定は4年に1度おこなわれ、それにあわせて採択も4年ごとにおこなわれる。ただし今回は、新学習指導要領の実施にあわせるため、小・中学校とも前回から4年をへずに、しかも同時におこなわれた。
私立や国立の小・中学校では検定合格教科書から各校が独自にえらぶが、公立の場合、採択権限を明文化した法律の有無に議論はあるが、その学校を管理する教育委員会にあるとされてきた。扶桑社版教科書の使用がきまった養護学校などは、都や県の教育委員会が直接の管理者となっている。公立のほとんどをしめる市区町村立の小・中学校の場合は、規模が大きい所は、単独の「採択地区」となって該当の各教育委員会が採択作業をすすめるが、多くは各都道府県内に市や郡の規模に応じて、いくつかをあわせた「採択地区」がもうけられ、そこに設置された協議会が作業をおこなう。この採択地区は全国に542あり、同一地区内のすべての学校は、そこできめられた同じ教科書をつかう(共同採択制)。公立高校は、事実上学校ごとにえらんでいる。
作業の過程で、各都道府県教育委員会は、教科用図書選定審議会をもうけ、選定資料を作成して市区町村教育委員会などに送付して便宜をはかる。市区町村教育委員会も独自に調査研究機関や諮問機関などをもうけて、現場の教師らが教科書を比較検討し、それを参考に協議会や各教育委員会が採択してきた。
これまでは、その調査研究機関などが推薦図書をしぼりこんで、最終的に教育委員会が決定することが多かった(いわゆる「絞り込み」)。また、学校ごとに希望する教科書をあげ、集約されたその数をもとに教育委員会が決めることもおこなわれていた(いわゆる「学校票」)。
今回はこうした現場の声を反映する方法をとりやめる地区があいつぎ、採択権をもつ教育委員会の責任を重視する方向への転換がはかられた。これは「つくる会」が主張し、働きかけをおこなった結果でもあるが、今後に大きな問題をなげかけることになった。確かに、教育委員会での検討が形骸化(けいがいか)して、学校票などによってそのまま採用がきまるところもあり、その問題の指摘自体は意味のあることであった。
しかし、栃木県下都賀(しもつが)地区(小山市など2市8町)では、教科書採択協議会がいったんは扶桑社版を採択しながら、地区内各市町の教育委員会がうけいれず、再協議で一転して不採択となった。その扶桑社版をきめた最初の協議会議事録によると、同教科書を採用すべきと発言した委員は1人だけで、ほとんど議論らしい議論もなく、投票で同教科書がえらばれていた。
ここにみられるように、そもそも少ない委員が全教科のすべての教科書に目をとおすことは不可能に近く、議論が成り立つこともむずかしい。したがって、経験のある現場の声を聞くのは当然と思われる。要は、現場の教師や父母の意見をくみあげつつ、教育委員会も適切な検討をくわえて決定するというのが自然であって、過度に教育委員会の責任をうんぬんするのには違和感がある。
上記の高森見解は、採択結果について「これまで形骸化が指摘されてきた教育委員の採択権限について、わずかではあるが実質化の兆しが現れはじめたこと」「その結果として、国民の常識からかけ離れた編集方針の歴史教科書は大きく採択部数を減らし、逆にこれまでの教科書批判に一定の配慮を示した教科書は部数を顕著に伸ばした」と総括している。
確かに、旧日本軍の加害事実の記述を補充した日本書籍の教科書が東京都などで大幅に減少するなど、シェアの変動がみられたようだ。また、「従軍慰安婦」に関する記述は、現行7種類の歴史教科書にはすべてのっていたが、今回は、「慰安婦」や「慰安施設」という表現で、3社がとりあげるにとどまるなどの変化がみられた。
しかし、前者のシェアの変動が、採択方法の違いに起因するものとしたら、問題は大きい。これに関連しては、国の「行政改革委員会」が1996年と97年に、義務教育においても学校ごとに採択することを提言しており、教科書の自由発行、自由採択をふくめ、検討されることが期待される。
また、日本の歴史を考えるうえでは、「自国中心」を強調するよりは、民間研究者レベルですすんでいる日韓協同研究などの地道な努力をつみあげ、違いは違いとして認識しつつ共同することのほうが、21世紀的であるように思われる。
教科書採択は、文部科学省の検定に合格した各教科複数の教科書を対象におこなわれる。通常検定は4年に1度おこなわれ、それにあわせて採択も4年ごとにおこなわれる。ただし今回は、新学習指導要領の実施にあわせるため、小・中学校とも前回から4年をへずに、しかも同時におこなわれた。
私立や国立の小・中学校では検定合格教科書から各校が独自にえらぶが、公立の場合、採択権限を明文化した法律の有無に議論はあるが、その学校を管理する教育委員会にあるとされてきた。扶桑社版教科書の使用がきまった養護学校などは、都や県の教育委員会が直接の管理者となっている。公立のほとんどをしめる市区町村立の小・中学校の場合は、規模が大きい所は、単独の「採択地区」となって該当の各教育委員会が採択作業をすすめるが、多くは各都道府県内に市や郡の規模に応じて、いくつかをあわせた「採択地区」がもうけられ、そこに設置された協議会が作業をおこなう。この採択地区は全国に542あり、同一地区内のすべての学校は、そこできめられた同じ教科書をつかう(共同採択制)。公立高校は、事実上学校ごとにえらんでいる。
作業の過程で、各都道府県教育委員会は、教科用図書選定審議会をもうけ、選定資料を作成して市区町村教育委員会などに送付して便宜をはかる。市区町村教育委員会も独自に調査研究機関や諮問機関などをもうけて、現場の教師らが教科書を比較検討し、それを参考に協議会や各教育委員会が採択してきた。
これまでは、その調査研究機関などが推薦図書をしぼりこんで、最終的に教育委員会が決定することが多かった(いわゆる「絞り込み」)。また、学校ごとに希望する教科書をあげ、集約されたその数をもとに教育委員会が決めることもおこなわれていた(いわゆる「学校票」)。
今回はこうした現場の声を反映する方法をとりやめる地区があいつぎ、採択権をもつ教育委員会の責任を重視する方向への転換がはかられた。これは「つくる会」が主張し、働きかけをおこなった結果でもあるが、今後に大きな問題をなげかけることになった。確かに、教育委員会での検討が形骸化(けいがいか)して、学校票などによってそのまま採用がきまるところもあり、その問題の指摘自体は意味のあることであった。
しかし、栃木県下都賀(しもつが)地区(小山市など2市8町)では、教科書採択協議会がいったんは扶桑社版を採択しながら、地区内各市町の教育委員会がうけいれず、再協議で一転して不採択となった。その扶桑社版をきめた最初の協議会議事録によると、同教科書を採用すべきと発言した委員は1人だけで、ほとんど議論らしい議論もなく、投票で同教科書がえらばれていた。
ここにみられるように、そもそも少ない委員が全教科のすべての教科書に目をとおすことは不可能に近く、議論が成り立つこともむずかしい。したがって、経験のある現場の声を聞くのは当然と思われる。要は、現場の教師や父母の意見をくみあげつつ、教育委員会も適切な検討をくわえて決定するというのが自然であって、過度に教育委員会の責任をうんぬんするのには違和感がある。
上記の高森見解は、採択結果について「これまで形骸化が指摘されてきた教育委員の採択権限について、わずかではあるが実質化の兆しが現れはじめたこと」「その結果として、国民の常識からかけ離れた編集方針の歴史教科書は大きく採択部数を減らし、逆にこれまでの教科書批判に一定の配慮を示した教科書は部数を顕著に伸ばした」と総括している。
確かに、旧日本軍の加害事実の記述を補充した日本書籍の教科書が東京都などで大幅に減少するなど、シェアの変動がみられたようだ。また、「従軍慰安婦」に関する記述は、現行7種類の歴史教科書にはすべてのっていたが、今回は、「慰安婦」や「慰安施設」という表現で、3社がとりあげるにとどまるなどの変化がみられた。
しかし、前者のシェアの変動が、採択方法の違いに起因するものとしたら、問題は大きい。これに関連しては、国の「行政改革委員会」が1996年と97年に、義務教育においても学校ごとに採択することを提言しており、教科書の自由発行、自由採択をふくめ、検討されることが期待される。
また、日本の歴史を考えるうえでは、「自国中心」を強調するよりは、民間研究者レベルですすんでいる日韓協同研究などの地道な努力をつみあげ、違いは違いとして認識しつつ共同することのほうが、21世紀的であるように思われる。
これは メッセージ 61866 (corea4thebest さん)への返信です.
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