安重根 アン・チュングン
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/25 00:17 投稿番号: [59642 / 99628]
安重根
アン・チュングン
1879〜1910
朝鮮の李朝末期の民族主義者。黄海道海州出身。1894年の甲午農民戦争時には父とともに政府側義兵として農民軍の鎮圧にあたったが、翌95年にカトリックの洗礼をうけ、さらに1904年には平壌にでて、愛国啓蒙運動にふれた。そして、05年の日本の強制による日韓保護条約(第2次日韓協約、→ 日韓議定書)によって、朝鮮の外交権がうばわれ、韓国統監府が設置されるのをみて、国権回復に情熱を燃やすようになった。
1906年に鎮南浦にうつって敦義・三興の両学校を設立し、愛国啓蒙教育に従事したが、07年のハーグ密使事件を口実に日本が第3次日韓協約を朝鮮に強制すると、北間島をへてウラジオストクにおもむき、反日義兵闘争に参加、大韓義軍参謀中将兼独立隊長として08年以後日本軍との戦闘をたびたび指揮した。
1909年、前韓国統監伊藤博文のハルピン訪問を知って、10月26日にハルピン駅頭で伊藤を射殺、その場で逮捕され、旅順地方法院で死刑判決をうけた。翌10年3月26日、旅順監獄で処刑されたが、今も義士としてたたえられている。
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