韓国ふざけんな

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李氏朝鮮2

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/24 18:43 投稿番号: [59521 / 99628]
さらに19世紀後半に列強が来航して開国をせまるようになると、李朝政府は鎖国体制をとったが、結局は1876年に日本と日朝修好条規をむすんで開国するにいたった。その後、内政改革を主張する開化派と保守派の対立がくり広げられて朝鮮国内は混乱、強まる日本の侵略に有効な策をとれないまま、1910年、ついに日本に併合されるにいたった(→ 韓国併合)。これに対して民衆は義兵闘争を展開してはげしく抵抗、最後は日本の軍事力に鎮圧されたが、この闘いは19年の三・一独立運動へとつながっていく。

III 社会・経済
李朝は身分制社会で、大きくは、両班、中人、常民、賤民の4種にわけられていた。両班は支配層で、官僚、地主でもあった。中人は医師、翻訳官など中・下級の官吏で両班につぐ地位を占めたが、その数は非常に少なかった。もっとも数が多いのが常民で、その大部分は農民だった。こうした身分制は時代がくだるにつれて動揺し、19世紀には常民、賤民が売官や贖良(しょくりょう)などによって身分をかえ、名目的には免税特権をもつ両班が急増して、身分制の実質はうしなわれていった。

商品流通の場としては、15世紀末ごろから生産者や行商人が生活必需品の取り引きをおこなう場市(チャンシまたはシジャン:定期市)が開かれるようになり、17世紀以降には銅銭が流通して貨幣経済が発達した。また日本や中国との交易も盛んにおこなわれた。

IV 文化
李朝文化で注目されるのは金属活字(→ 銅活字)の使用と白磁の製作である。金属活字は政府を中心としてつくられ、多くの書物が出版された。また、白磁は李朝白磁とよばれて珍重されたが、秀吉がおこなった朝鮮侵略の際、多くの陶工が強制的に日本へ連行された。その結果すすんだ製陶技術が日本へもたらされ、日本の陶磁器業の基礎がきずかれた。

大韓帝国   だいかんていこく   1897〜1910年に李朝(李氏朝鮮)が採用した国号。日清戦争ののちに日清間で締結された下関条約によって、19世紀後半の清の対朝鮮積極政策は頓挫(とんざ)し、清は朝鮮に対する宗主権を放棄、朝鮮を独立国としてみとめた。これによって朝鮮側は、清と対等の関係をつくることをめざし、国号を変更した。

1897年、高宗は皇帝を称し、国号を大韓、また宗属関係の象徴であった清国皇帝の元号を独自の元号にあらため、光武とした。当初は99年に制定した「大韓国国制」にみられるように、皇帝専制制度がしかれた。

この時期、大韓帝国はさまざまな面で国際的自立を模索したが、日露戦争以後は日本によって保護国化され、1910年(明治43)の韓国併合により大韓帝国は滅亡した。
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