加羅(任那)
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/23 03:23 投稿番号: [58703 / 99628]
加羅
から
4〜6世紀に朝鮮半島南部に分立していた諸小国の総称。加耶ともいう。半島南部では、3世紀の三韓並立をへて、4世紀には馬韓を百済が、辰韓を新羅がそれぞれ統一したが、弁韓にはそれに属さない多くの小国があり、それらを加羅諸国といった。日本の史料では、任那(「みまな」あるいは「にんな」)とされてきたが、それは加羅諸国の中で有力だった金官国をさしているようである。
前漢の武帝が前108年に朝鮮半島においた楽浪郡・帯方郡が4世紀初めにほろびると、半島西南部には百済がたち、東南部には新羅がたったが、南方面の小国家が統合されなかったのは、この加羅諸国が、百済と新羅にはさまれて、緩衝地帯となっていたためと考えられる。しかし、もっとも有力だった金官国が532年に新羅にほろぼされ、のこった諸国も562年、新羅に征服されてしまった。
大和政権の朝鮮進出の基地として任那日本府がおかれていたという「日本書紀」にある説は、現在は疑問視されている。ただし、1990〜91年に調査された、金官国の首長墓群らしい古墳から日本系遺物が出土し、従来から加羅系の多くの遺物が西日本で出土していることと合わせ、当時の交流のあり方について今後の研究が注目される。
これは メッセージ 58697 (nabekama55 さん)への返信です.
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