共同開催の意味
投稿者: jpwcstix 投稿日時: 2002/07/03 07:28 投稿番号: [46780 / 99628]
コピペですが。
共同開催までの経緯(1)
もともと、2002年のワールドカップは日本で開かれることになっていました。
GDPが世界で1位と2位の国がサッカーが盛んでないのは、FIFAとしても無視できなかったのです。
その結果、1994年にアメリカでまず開催され、2002年に日本で開催されるはずでした。
これは、当時の会長アベランジェによって公言されていたことです。
それを受けて(それでだけではありませんが)、
日本がワールドカップ開催に立候補したのは1990年代の初め頃のはずです。
韓国もあわてて立候補しましたが遅れは決定的で、当然当初は圧倒的にリードしていました。
しかし、ドーハの悲劇で状況が一変しました。
なかば諦め気味だった韓国が、「ワールドカップに一度も出場していない日本に
ワールドカップを開催する資格がない」といいはじめ、俄然はりきりはじめたのです。
さらに追い討ちをかけたのがFIFAの権力争いです。
ブラジル出身のアベランジェの独裁的な運営に欧州が反感を持ち、反アベランジェで結束したのです。
自分の権力は絶対だと慢心したアベランジェは、2002年は日本、2006年は南アフリカで
ワールドカップを開催するとまで発言し、当然2006年はまた欧州でと考えていた
UEFA(欧州サッカー連盟)諸国を激怒させます。
それを見逃す韓国ではありません。
アジアサッカー連盟会長選挙で金をばら撒き選ばれた現代野郎は、
FIFA副会長として当時のUEFA会長のヨハンソン(スウェーデン人)に取り入り、
韓国開催を次期会長選挙への応援をからませてアピールしました。
しかし、いくら反アベランジェでは一致しても日本と韓国では経済規模、
FIFAスポンサー数、これまでのFIFAへの貢献等どれをとっても段違いであり、
韓国単独開催はなかなか支持を得られませんでした。
このような状況下、両国の開催趣意書提出、FIFAの調査等が入りましたが内容は日本が圧倒、
誰もが日本単独開催が決まったとおもった時、大どんでん返しがおこります。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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