対イラク戦争
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2004/01/29 02:37 投稿番号: [779 / 3876]
を日本人の立場からとらえた番組は初めてみました。子どもをあやしながらだったのでところどころ見そびれていて、ご覧になった方のレスを各掲示板で見て情報を補わせていただいてます。
fyojizzzzさんに当時の世界情勢を書いて頂いたことで、背景が浮かび上がって助かりました。
この出来事が当時マスコミで騒がれていたというのは恥ずかしながら知りませんでした(新聞は読み始めてたはずなんですが...)
>結局、日本人・トルコ人何人かの人々の必死の努力で、在留邦人は無事テヘラン脱出に成功するのですが、冷静になって考えれば、脱出した日本人学校教諭が「生き地獄」だった、という空爆下のテヘランには、脱出するすべをもたない大多数のイラン人が暮らしていたんですよね。
そうなんですよね。
イラン人の家族を持つ立場としては、番組を見ても(結局逃げられたのは一部のラッキーな人達だけなのよね。ほとんどの人は空爆下でも生活を続けざるをえなかったのよね)と思ってしまいました。それと、やっぱり日本政府は有事の際にはあてにならないんだな、と。
夫の生まれた街はイラクとの国境近く。未だに爆撃の跡が街のところどころに残っています。同じ部隊の仲間も多数亡くなり、目の前で上官が吹き飛ぶのを見た夫は、日本に来てからも飛行機の飛来音などを聞くと精神不安定になります。花火大会も苦手。
イランの街を歩くと交差点などに殉死者を描いた看板がまだまだ残っていますし、テヘランからイスファハンに行く途中の砂漠には、壊れた戦車がそのまま残されていたり...
テレビでは軍歌(途中でアッラーアクバル!と絶叫しているやつです)と共に戦争当時の映像が度々流れます(私としてはプロバガンダ的で好きではありませんが)
手足を吹き飛ばされた人が木のボードに乗って街中を移動していたり、物乞いをしている姿もよく見かけました。
ご存知の通り、イランでは男子は徴兵義務があり、今回の番組は夫の過去と息子の将来、両方を重ねて見ていました。
そして対岸の火事、ではない自分を感じました。
これは メッセージ 777 (fyojizzzz さん)への返信です.
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