中国旅行からー4
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2009/10/04 17:00 投稿番号: [3500 / 3876]
西安のグレート・モスク、清真大寺(せいしんだいじ)
今回の旅では、かつての長安の都、西安に一週間ほど滞在しました。
俗にシルクロードの出発点といわれ、唐の時代には世界最大の都市であり、日本からも空海(弘法大師)や阿倍仲麻呂などが留学生として足跡を残しています。(中国政府の公式見解では、シルクロードの出発点は洛陽となっています。)
西方からは、中央アジアやインドなどとともに、ペルシャからも沢山の人々が長安を訪れ、滞在していたそうです。ある歴史のサイトには、
「いわゆる「胡人」(イラン系の人々)には商売人や芸人をはじめ、様々な職業の人たちがいたといわれる。酒場では、スタイルがよくエキゾチックな顔立ちの美しいイラン人の娘さん達が(彼女たちは「胡姫」と呼ばれていた)お酒をついだり、踊ったりしていた。」
との記述もある。
その当時は、イラン人とともに、ゾロアスター教やマニ教なども伝来したそうだが、後に両宗教とも禁圧を受け、現在ではその痕跡はみあたらないようだ。
今現在、西安には、その後、アラブ人らとともにイスラムが伝来し、西方の民族、回族が数多く住んでおり、多くのモスクが点在しているようだ。それらモスクの中で、西安最大で中心的役割を果たしているのが清真大寺。
西安の観光スポットになっている回坊風情街にひっそりとたたずむ清真大寺を訪れたました。旅行中スカーフを被ることのない友人も、境内に入るやいなやしっかりと髪を隠し、モスクとは思えない中国寺院風の境内を見学しました。
すると信者らしき1人の中国人(回族)が寄ってきて、親切にも敷地内をいろいろと案内してくれました。驚いたことに、言葉は片言の日本語でした。
モスクのえらい人にも紹介され、コーラン教室なども覗くことができました。
また、境内にある1つの石碑の前にわれわれを案内し、これは昔々、このモスクにペルシャ人が来た証拠だ、と説明してくれました。彼によれば、石碑はペルシャ語で書かれているとのことでしたが、友人によれば、文章のほとんどはアラビア語であり、ただし、一部分にペルシャ語が使われているというものでした。いずれにせよ、貴重な資料であることに違いはなく、友人は保存状態の悪いその石碑を、一刻もはやくきちんと保存すべきだと心配していました。
それは別にして、中東、北アフリカ、東南アジアとうで、いろいろなモスクを見学しましたが、仏教のお寺風のモスクには興味を引かれました。
これは メッセージ 1 (jin114jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3500.html