Re: ニュース記事(つづき>本文2)
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2009/06/25 11:52 投稿番号: [3452 / 3876]
今朝につづいてなぜか投稿できません・・・。うーん。時間はあけてるのですが。スレッドを分けるといいみたいなのですみませんが分けて投稿しますね。
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再度指摘しておく必要があるが、抗議デモ参加者はいくつものグループに分かれており、その内数グループは、イスラム共和体制を現在の形で保持することを望んでいる。従ってこの抗議デモがどの方向へ進むのか予測困難である。
これまでイランの抗議デモがセクター的性格(学生、知識人、労働者、女性による)を帯びていて、政権がこれを鎮圧してきたとすれば、今回の抗議はセクターの枠を越え、共通項をもとに発生したといえる。即ち、不正選挙に対する怒りで、イランの市民社会の全セクターにまたがる抗議である。
*A・サヴィヨンはイランメディアプロジェクト長
※1 2009年6月13日、ムサビはコムの聖職者に、選挙で不正行為があったことを非難せよと呼びかけ、沈黙は不正選挙よりも有害であると、述べた。しかし、この呼びかけに対する反応は皆無であった(2009年6月13日付Aftab、イラン)。イランで一番の先任アヤトラであるモンタゼリ師(Ali Hossein Montazeri)すら、慎重である。反政権派ではあり、抗議はもっともであるとしながらも、参加者に公共の秩序を守れと呼びかけた(2009年6月 16日付モンタゼリのウェブサイト)。
高名な宗教組織「戦闘的聖職者協会」(Jame-ye Rohaniyat-e Mobarez)の聖職者達は、ムサビを支持するものの、デモに行くな、「暴君政治は無政府にまさる」というイスラムの教えに従って公共の秩序を守れ、とムサビ支持者達に呼びかけた。この聖職者達は、選挙をめぐる烈しい争いは、選挙運動の一環であるが、社会撹乱や騒動は敵を利するだけであるから、これ以上騒ぎを大きくしてはならない、と述べた。この宗教組織は、挙国一致に徹し、最高指導者に従え、と呼びかけた(2009年6月14日付ILNA、イラン)。
コムの宗教セミナリーと連携するイラン日刊紙Jomhouri-ye-Eslamiも、公式にはラフサンジャニを支持してはいる。しかし、抗議の全面的支持は控えている。6月16日付同紙は、この数日テヘランで発生している暴動が国益に反し体制のためにもよくないとし、受入れられないと主張。選挙結果に対する異議申し立てが、衝突や暴動に発展してはならないと書いた。更に同紙は、政府に対して三候補の不服申し立てを調査せよと呼びかける一方、三候補とその支持者達に対しては法の範囲内で行動すべしと強調した。そして、外国メディアでは、抗議デモが政権の終りの先触れのように報道されているから、外国のこのプロパガンダを助長するようなことはするな、と警告した(2009年6月15日付Jomhouri-ye-Eslami イラン)。
※2過去100年間に発生したイランの抗議運動には、例えばタバコ抗議(1891−2)、憲法革命(1905−6)、イスラム革命(1979)などがあるが、これを調べると、その政治的成否はいくつかのカギ的ファクターにかかっていることが判る。ファクターのひとつが、抗議運動を指揮し、少なくとも支持する最高幹部級聖職者のリーダーシップである。第2のファクターは、既存の抑圧的秩序に代る、或いはそれに挑戦する説得力のあるイデオロギー上の主張が存在することである。今回の選挙で、〝第2のイスラム革命〟のスローガンのもとで明確なイデオロギー上政治上経済上文化上の主張を国民に提示したのは、アフマディネジャドであり、彼のライバル達ではなかった。
※3 1891−2年のタバコ抗議とイスラム革命時には、経帷子をまとったデモ隊が平和的反政府抗議をおこなっている。
※4 2009年6月15日付 ザンジャニ師(Ayatollah Asadollah Bayat Zanjani) のサイト
※5 同日付サネイ師(Ayatollah Yousef Sanei) のサイト
※6 http://peiknet.net/09-juni/news.asp?id=38278&sort=Iran
※7 2009年6月17日付Ghalamnews(イラン)
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再度指摘しておく必要があるが、抗議デモ参加者はいくつものグループに分かれており、その内数グループは、イスラム共和体制を現在の形で保持することを望んでいる。従ってこの抗議デモがどの方向へ進むのか予測困難である。
これまでイランの抗議デモがセクター的性格(学生、知識人、労働者、女性による)を帯びていて、政権がこれを鎮圧してきたとすれば、今回の抗議はセクターの枠を越え、共通項をもとに発生したといえる。即ち、不正選挙に対する怒りで、イランの市民社会の全セクターにまたがる抗議である。
*A・サヴィヨンはイランメディアプロジェクト長
※1 2009年6月13日、ムサビはコムの聖職者に、選挙で不正行為があったことを非難せよと呼びかけ、沈黙は不正選挙よりも有害であると、述べた。しかし、この呼びかけに対する反応は皆無であった(2009年6月13日付Aftab、イラン)。イランで一番の先任アヤトラであるモンタゼリ師(Ali Hossein Montazeri)すら、慎重である。反政権派ではあり、抗議はもっともであるとしながらも、参加者に公共の秩序を守れと呼びかけた(2009年6月 16日付モンタゼリのウェブサイト)。
高名な宗教組織「戦闘的聖職者協会」(Jame-ye Rohaniyat-e Mobarez)の聖職者達は、ムサビを支持するものの、デモに行くな、「暴君政治は無政府にまさる」というイスラムの教えに従って公共の秩序を守れ、とムサビ支持者達に呼びかけた。この聖職者達は、選挙をめぐる烈しい争いは、選挙運動の一環であるが、社会撹乱や騒動は敵を利するだけであるから、これ以上騒ぎを大きくしてはならない、と述べた。この宗教組織は、挙国一致に徹し、最高指導者に従え、と呼びかけた(2009年6月14日付ILNA、イラン)。
コムの宗教セミナリーと連携するイラン日刊紙Jomhouri-ye-Eslamiも、公式にはラフサンジャニを支持してはいる。しかし、抗議の全面的支持は控えている。6月16日付同紙は、この数日テヘランで発生している暴動が国益に反し体制のためにもよくないとし、受入れられないと主張。選挙結果に対する異議申し立てが、衝突や暴動に発展してはならないと書いた。更に同紙は、政府に対して三候補の不服申し立てを調査せよと呼びかける一方、三候補とその支持者達に対しては法の範囲内で行動すべしと強調した。そして、外国メディアでは、抗議デモが政権の終りの先触れのように報道されているから、外国のこのプロパガンダを助長するようなことはするな、と警告した(2009年6月15日付Jomhouri-ye-Eslami イラン)。
※2過去100年間に発生したイランの抗議運動には、例えばタバコ抗議(1891−2)、憲法革命(1905−6)、イスラム革命(1979)などがあるが、これを調べると、その政治的成否はいくつかのカギ的ファクターにかかっていることが判る。ファクターのひとつが、抗議運動を指揮し、少なくとも支持する最高幹部級聖職者のリーダーシップである。第2のファクターは、既存の抑圧的秩序に代る、或いはそれに挑戦する説得力のあるイデオロギー上の主張が存在することである。今回の選挙で、〝第2のイスラム革命〟のスローガンのもとで明確なイデオロギー上政治上経済上文化上の主張を国民に提示したのは、アフマディネジャドであり、彼のライバル達ではなかった。
※3 1891−2年のタバコ抗議とイスラム革命時には、経帷子をまとったデモ隊が平和的反政府抗議をおこなっている。
※4 2009年6月15日付 ザンジャニ師(Ayatollah Asadollah Bayat Zanjani) のサイト
※5 同日付サネイ師(Ayatollah Yousef Sanei) のサイト
※6 http://peiknet.net/09-juni/news.asp?id=38278&sort=Iran
※7 2009年6月17日付Ghalamnews(イラン)