パラドックスについて
投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2007/11/12 14:50 投稿番号: [4473 / 4578]
命題(文)は真か偽であるとする(二値原理)
パラドックス:真と仮定しても矛盾。偽と仮定しても矛盾という異常事態。
矛盾:正反対のことを同時に主張すること。矛盾は間違い(偽)だが、逆は保証しない。
①うそつきパラドックス
この文はうそである。わたしはうそをついている。等
真だと仮定するとうそがでてきて矛盾。偽だと仮定すると本当のことを言っていることになり矛盾。真でも偽でもない変な文である。(真正パラドックス)
尚、パラドックスを避けるため自己言及(肯定・否定)を禁止したりすると私は男であるや男でないも禁止されうまくいかない。研究中。
②いわゆるエピメニデスパラドックス
クレタ人エピメニデスが「全てのクレタ人はうそつきである」といった場合。
エピメニデスは正直者と仮定する。
「全てのクレタ人はうそつきである」にエピメニデス自身も含まれるのでうそつきになり矛盾する。
そこで、エピメニデスはうそつきと仮定してみる。
エピメニデスのいったことはうそで「全てのクレタ人はうそつきである」の否定であるから「あるクレタ人は正直者である」になる。
これはエピメニデス本人があるクレタ人のなかに入っていたり、独りだけのクレタ人だったら彼は正直者なので矛盾する。しかし、この状況だけからはわからないので一般には矛盾とはしない。(条件つきの真正パラドックスとはいえないものである。)
③新約聖書テトスへの手紙1章12-13節
新共同訳
彼らのうちの一人、預言者自身が次のように言いました。「クレタ人はいつもうそつき、/悪い獣、怠惰な大食漢だ。」
この言葉は当たっています。だから、彼らを厳しく戒めて、信仰を健全に保たせ、
③の解釈を②とする。文の真偽は偽であり、(文脈も考慮して字義通り読むなら)間違いの箇所。当たっていない。もちろん真正パラドックスにはならない。
④KORAN AND SELF-REFERENCEに対する応答。
テトスの手紙は2世紀はじめと考えられパウロの真正の手紙ではない。パラドックスと矛盾は違う。自己言及もラッセルは勘違いしたが悪くない。テトスの手紙はパラドックスではないものの間違いではある。
(Muhammed, A. Asadi氏はトルコ人さんと同じでハディースを認めません。)
http://members.aol.com/silence004/godel.htm
KORAN AND SELF-REFERENCE
>Note:
The Bible is not free from paradoxes (contradictions) of self-reference. The famous "Epimenides paradox" is well known. Paul, writing to Titus, says about the Cretans:
12. One of themselves, even a prophet of their own said, The Cretans are always liars, evil beasts, slow bellies. 13. This witness is true・
(Titus 1:12-13- The Bible)
An analysis based on self-reference tells us that if the statement that Cretans are always liars is true, then since "one of themselves (a Cretan)" said this, it must be a lie, since Cretans always lie (according to the statement made). So if the statement is true then it is a lie (based on self-reference). Only if the statement that "Cretans are always liars" is false can this "witness" be true. So it is a paradox, a contradiction that cannot be resolved. This shows that the author of Titus had no idea what he/she was talking about.
パラドックス:真と仮定しても矛盾。偽と仮定しても矛盾という異常事態。
矛盾:正反対のことを同時に主張すること。矛盾は間違い(偽)だが、逆は保証しない。
①うそつきパラドックス
この文はうそである。わたしはうそをついている。等
真だと仮定するとうそがでてきて矛盾。偽だと仮定すると本当のことを言っていることになり矛盾。真でも偽でもない変な文である。(真正パラドックス)
尚、パラドックスを避けるため自己言及(肯定・否定)を禁止したりすると私は男であるや男でないも禁止されうまくいかない。研究中。
②いわゆるエピメニデスパラドックス
クレタ人エピメニデスが「全てのクレタ人はうそつきである」といった場合。
エピメニデスは正直者と仮定する。
「全てのクレタ人はうそつきである」にエピメニデス自身も含まれるのでうそつきになり矛盾する。
そこで、エピメニデスはうそつきと仮定してみる。
エピメニデスのいったことはうそで「全てのクレタ人はうそつきである」の否定であるから「あるクレタ人は正直者である」になる。
これはエピメニデス本人があるクレタ人のなかに入っていたり、独りだけのクレタ人だったら彼は正直者なので矛盾する。しかし、この状況だけからはわからないので一般には矛盾とはしない。(条件つきの真正パラドックスとはいえないものである。)
③新約聖書テトスへの手紙1章12-13節
新共同訳
彼らのうちの一人、預言者自身が次のように言いました。「クレタ人はいつもうそつき、/悪い獣、怠惰な大食漢だ。」
この言葉は当たっています。だから、彼らを厳しく戒めて、信仰を健全に保たせ、
③の解釈を②とする。文の真偽は偽であり、(文脈も考慮して字義通り読むなら)間違いの箇所。当たっていない。もちろん真正パラドックスにはならない。
④KORAN AND SELF-REFERENCEに対する応答。
テトスの手紙は2世紀はじめと考えられパウロの真正の手紙ではない。パラドックスと矛盾は違う。自己言及もラッセルは勘違いしたが悪くない。テトスの手紙はパラドックスではないものの間違いではある。
(Muhammed, A. Asadi氏はトルコ人さんと同じでハディースを認めません。)
http://members.aol.com/silence004/godel.htm
KORAN AND SELF-REFERENCE
>Note:
The Bible is not free from paradoxes (contradictions) of self-reference. The famous "Epimenides paradox" is well known. Paul, writing to Titus, says about the Cretans:
12. One of themselves, even a prophet of their own said, The Cretans are always liars, evil beasts, slow bellies. 13. This witness is true・
(Titus 1:12-13- The Bible)
An analysis based on self-reference tells us that if the statement that Cretans are always liars is true, then since "one of themselves (a Cretan)" said this, it must be a lie, since Cretans always lie (according to the statement made). So if the statement is true then it is a lie (based on self-reference). Only if the statement that "Cretans are always liars" is false can this "witness" be true. So it is a paradox, a contradiction that cannot be resolved. This shows that the author of Titus had no idea what he/she was talking about.
これは メッセージ 4471 (secular2004jp さん)への返信です.
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