ばらします!「トルコ人」の正体!
投稿者: ecebuta 投稿日時: 2007/03/26 05:52 投稿番号: [4201 / 4578]
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00105.html
Q:私たちはビザンチンの子孫なんですか?
A:遺伝子的にはそういうことになる。1453年から今まで、祖先は母方も父方ビザンチンである。もしも、アナトリアへ20年前にアメリカから移民して来たのでなければ、つまりずっとこの土地に住んでいたのであれば、もちろんビザンチンの子孫に違いない。中央アジアから来たというのであれば、その時は混ざり合ってしまったということだ。貴方も私も混ざり合っている。私たちは混ざり合った社会の住人である。
Q:学校でこれを教えることはできるのですか?
A:何故、教えようとしないのか? これが事実ならば、何故隠そうとするのか? これはなかなか素晴らしいことだ。アメリカでは72の民族が混ざり合った。アメリカ人は混ざり合っていることを恥じているだろうか? 私は、なんで私の中にあるトルコ人、オスマン人、ビザンチン人を恥じる必要があるのか? 逆にそれを誇っている。我々は全てビザンチン、オスマンの後裔である。私の教室にいる150人の学生に、「家系を19世紀より先に遡ることができるか?」と訊いてみたが、一人も19世紀より先には遡れなかった。
Q:それはどういう意味でしょう?
A:皆混ざり合ってしまったのである。間違いなく、歴史のある時期に宗教を変えているだろう。貴方の祖先も私の祖先も、ある時期に宗教とエスニック・ルーツを変えている。凄まじいほど、宗教、文化、アイデンティティーの変更が行われたはずだ。貴方も私も祖先を遡れば、ある時点でビザンチン人になってしまう。ギリシャに住む人たちも、トルコに住む人たちもエスニック・ルーツはオスマンへ、そしてビザンチンへ遡ることができる。我々の祖先は、ある時点でイスラム教を認めて改宗したが、ギリシャ人は変えなかったのである。
Q:つまり、この国へ皆中央アジアから来たわけではないと、そういうことですか?
A:もちろん。中央アジアから来た人たちもいるが、彼らもこの遺伝子のプールに紛れ込んでしまった。トルコ的なものは、オスマンのアイデンティティーにおける一つの要素だが、全てではない。私たちはアメリカのようなものだ。この大地には、壮大な混交がある。中央アジアから来たトルコ人はその一つの要素に過ぎないのに、我々は他の要素を否定し、一つの要素だけを認めていた。
Q:トルコ人がビザンチンの子孫であるということを侮辱と受け取らずに済む日は訪れるでしょうか?
A:そうならなければならない。なぜなら、これは壮大な文明だからである。私はオスマンの子孫であることを誇るのと同様にビザンチンの子孫であることも誇っている。
Q:私たちはビザンチンの子孫なんですか?
A:遺伝子的にはそういうことになる。1453年から今まで、祖先は母方も父方ビザンチンである。もしも、アナトリアへ20年前にアメリカから移民して来たのでなければ、つまりずっとこの土地に住んでいたのであれば、もちろんビザンチンの子孫に違いない。中央アジアから来たというのであれば、その時は混ざり合ってしまったということだ。貴方も私も混ざり合っている。私たちは混ざり合った社会の住人である。
Q:学校でこれを教えることはできるのですか?
A:何故、教えようとしないのか? これが事実ならば、何故隠そうとするのか? これはなかなか素晴らしいことだ。アメリカでは72の民族が混ざり合った。アメリカ人は混ざり合っていることを恥じているだろうか? 私は、なんで私の中にあるトルコ人、オスマン人、ビザンチン人を恥じる必要があるのか? 逆にそれを誇っている。我々は全てビザンチン、オスマンの後裔である。私の教室にいる150人の学生に、「家系を19世紀より先に遡ることができるか?」と訊いてみたが、一人も19世紀より先には遡れなかった。
Q:それはどういう意味でしょう?
A:皆混ざり合ってしまったのである。間違いなく、歴史のある時期に宗教を変えているだろう。貴方の祖先も私の祖先も、ある時期に宗教とエスニック・ルーツを変えている。凄まじいほど、宗教、文化、アイデンティティーの変更が行われたはずだ。貴方も私も祖先を遡れば、ある時点でビザンチン人になってしまう。ギリシャに住む人たちも、トルコに住む人たちもエスニック・ルーツはオスマンへ、そしてビザンチンへ遡ることができる。我々の祖先は、ある時点でイスラム教を認めて改宗したが、ギリシャ人は変えなかったのである。
Q:つまり、この国へ皆中央アジアから来たわけではないと、そういうことですか?
A:もちろん。中央アジアから来た人たちもいるが、彼らもこの遺伝子のプールに紛れ込んでしまった。トルコ的なものは、オスマンのアイデンティティーにおける一つの要素だが、全てではない。私たちはアメリカのようなものだ。この大地には、壮大な混交がある。中央アジアから来たトルコ人はその一つの要素に過ぎないのに、我々は他の要素を否定し、一つの要素だけを認めていた。
Q:トルコ人がビザンチンの子孫であるということを侮辱と受け取らずに済む日は訪れるでしょうか?
A:そうならなければならない。なぜなら、これは壮大な文明だからである。私はオスマンの子孫であることを誇るのと同様にビザンチンの子孫であることも誇っている。
これは メッセージ 4199 (askeri_inzibat_tr さん)への返信です.
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