バラムのロバは本当に喋ったのか?
投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2006/06/30 23:03 投稿番号: [3638 / 4578]
流木さんのHPhttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/6832/kgh_sb11.html
◆聖書と科学(3)
福音派の系統の方々は、「聖書の一語一句が正しい」というところから行き過ぎて、「聖書に書いてあることは全部歴史的な事実(史実)であり、写実的な記録だ」と主張する傾向があるように見受けます。
常識的に考えれば、ロバが人の言葉で抗議することはあり得ません。恐らく骨格や声帯の仕組みからいっても、ロバが人間の言葉を話すのは無理でしょう。それをも「史実である」「写実的な記録」と言い張れば、世間からは(福音派の)キリスト教徒というのはおかしな人たちだと思われることでしょう。
カラスとかならともかく、ロバは少なくとも人の言葉で喋らないでしょう。こうした話まで「いいや、史実だ。その通りのことが事実として起きたのだ」「写実的な記録だ」と言い張り始めると、ほとんどトンデモさんですね。ロバが人間の言葉を話したか否かがキリスト教信仰にとって死活的に重要な話でないことはいうまでもありません。どうでもよい枝葉の話でしょう。
それとも、一部のキリスト者の皆さんは「いいや、ロバが本当に人の言葉で喋ったんだ」と言い張るつもりでしょうか?イエスはそんなヨタ話のために十字架にかかったとでもいうのでしょうか?
信仰の上で聖書を信じるのは、キリスト者として当然でしょう。しかし、聖書の一語一句が史実の写実的な記録であるとみなしているのは、キリスト者の中でも一部の人たちだけです。そうした立場の延長線上に「ノアの洪水は本当に起きた」「地球の歴史は1万年以下」といった話を「科学的に」証明できるとする人たちが出てくるわけです。
「世に擬似科学のタネは尽きまじ」とでもいうべきでしょか。進化論を否定したがるキリスト者って本当に多いんですね。呆れてしまいます。これではキリスト者は無知迷妄の徒と呼ばれても文句はいえないでしょうね。
聖書の記述は最初から最後まで科学的に正しいとかいい始めると、キリスト者は天動説も支持しなければならなくなるでしょう。
今日、さすがに天動説を唱えるキリスト者はほとんどいません(少しはいる!)から、ヨシュア記の記述を「太陽ではなく、地球の方を止めたのだ」と解釈するのが一般的です。では、そう解釈すれば、ヨシュア記に描かれた出来事を歴史的な事実だと受け容れることができるのでしょうか。答えは否です。地球の自転が急に止まったとしたら、何が起きるのか考えてみましょう。
もし、時速1500kmで自転している地球が急停止したら、地上では大災害が起きるはずです。2005年4月に発生した尼崎の鉄道事故を考えてみて下さい。たかだか100km/hでもあのような惨事が引き起こされるのです。まして1500km/hで急停止したら、戦争を続けるどころではありません。しかし、聖書には大災害の記述はありません。聖書の記者たちにとっては天動説が常識ですから当然ですね。ロシアの精神分析学者だったインマヌエル・ヴェリコフスキー(トンデモさんたちにとっては教祖的存在)は、彼の著書『衝突する宇宙』の中で木星から飛び出した彗星(原始金星)が地球をかすめて通った際に地球の自転が止まったのだと説明をしていますが、地球の自転が止まれば起きていたはずの大災害がなぜ起きなかったのかについての説明はありません。
むろん、「神様は、地球の自転を止めつつ、地上に大災害が起きるのを防がれたのです。神様は全知全能のお方ですから、何でもおできになります」とか「太陽も地球も止めずに、地上から見たら太陽が止まっているように見せること(太陽の光を曲げる?)も神様ならおできになる」といった解釈は可能です。しかし、こうした解釈を認めるのなら、「地球の自転が止まったのだ」という説は、反証可能性を持たないドグマとなります。どんな証拠を挙げても、「地球の自転が止まったのだ」という説を覆すことが原理的に不可能になるからです
キリスト教福音派(原理主義)を相手にすることは根が深いのです。他にはヘビはチリを食べて生きているかとか質問してみてください。信じているというかもしれません。
創3−14・・・お前は生涯這いまわり、塵を食らう。
反証 トビヘビhttp://www.asahi-net.or.jp/~eh5k-ysms/hhc_nitijyo/diary/2_10_ahiru/log_2_10_ahiru.html
◆聖書と科学(3)
福音派の系統の方々は、「聖書の一語一句が正しい」というところから行き過ぎて、「聖書に書いてあることは全部歴史的な事実(史実)であり、写実的な記録だ」と主張する傾向があるように見受けます。
常識的に考えれば、ロバが人の言葉で抗議することはあり得ません。恐らく骨格や声帯の仕組みからいっても、ロバが人間の言葉を話すのは無理でしょう。それをも「史実である」「写実的な記録」と言い張れば、世間からは(福音派の)キリスト教徒というのはおかしな人たちだと思われることでしょう。
カラスとかならともかく、ロバは少なくとも人の言葉で喋らないでしょう。こうした話まで「いいや、史実だ。その通りのことが事実として起きたのだ」「写実的な記録だ」と言い張り始めると、ほとんどトンデモさんですね。ロバが人間の言葉を話したか否かがキリスト教信仰にとって死活的に重要な話でないことはいうまでもありません。どうでもよい枝葉の話でしょう。
それとも、一部のキリスト者の皆さんは「いいや、ロバが本当に人の言葉で喋ったんだ」と言い張るつもりでしょうか?イエスはそんなヨタ話のために十字架にかかったとでもいうのでしょうか?
信仰の上で聖書を信じるのは、キリスト者として当然でしょう。しかし、聖書の一語一句が史実の写実的な記録であるとみなしているのは、キリスト者の中でも一部の人たちだけです。そうした立場の延長線上に「ノアの洪水は本当に起きた」「地球の歴史は1万年以下」といった話を「科学的に」証明できるとする人たちが出てくるわけです。
「世に擬似科学のタネは尽きまじ」とでもいうべきでしょか。進化論を否定したがるキリスト者って本当に多いんですね。呆れてしまいます。これではキリスト者は無知迷妄の徒と呼ばれても文句はいえないでしょうね。
聖書の記述は最初から最後まで科学的に正しいとかいい始めると、キリスト者は天動説も支持しなければならなくなるでしょう。
今日、さすがに天動説を唱えるキリスト者はほとんどいません(少しはいる!)から、ヨシュア記の記述を「太陽ではなく、地球の方を止めたのだ」と解釈するのが一般的です。では、そう解釈すれば、ヨシュア記に描かれた出来事を歴史的な事実だと受け容れることができるのでしょうか。答えは否です。地球の自転が急に止まったとしたら、何が起きるのか考えてみましょう。
もし、時速1500kmで自転している地球が急停止したら、地上では大災害が起きるはずです。2005年4月に発生した尼崎の鉄道事故を考えてみて下さい。たかだか100km/hでもあのような惨事が引き起こされるのです。まして1500km/hで急停止したら、戦争を続けるどころではありません。しかし、聖書には大災害の記述はありません。聖書の記者たちにとっては天動説が常識ですから当然ですね。ロシアの精神分析学者だったインマヌエル・ヴェリコフスキー(トンデモさんたちにとっては教祖的存在)は、彼の著書『衝突する宇宙』の中で木星から飛び出した彗星(原始金星)が地球をかすめて通った際に地球の自転が止まったのだと説明をしていますが、地球の自転が止まれば起きていたはずの大災害がなぜ起きなかったのかについての説明はありません。
むろん、「神様は、地球の自転を止めつつ、地上に大災害が起きるのを防がれたのです。神様は全知全能のお方ですから、何でもおできになります」とか「太陽も地球も止めずに、地上から見たら太陽が止まっているように見せること(太陽の光を曲げる?)も神様ならおできになる」といった解釈は可能です。しかし、こうした解釈を認めるのなら、「地球の自転が止まったのだ」という説は、反証可能性を持たないドグマとなります。どんな証拠を挙げても、「地球の自転が止まったのだ」という説を覆すことが原理的に不可能になるからです
キリスト教福音派(原理主義)を相手にすることは根が深いのです。他にはヘビはチリを食べて生きているかとか質問してみてください。信じているというかもしれません。
創3−14・・・お前は生涯這いまわり、塵を食らう。
反証 トビヘビhttp://www.asahi-net.or.jp/~eh5k-ysms/hhc_nitijyo/diary/2_10_ahiru/log_2_10_ahiru.html
これは メッセージ 3637 (secular2004jp さん)への返信です.
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