Re: 「ジハードは防衛の戦い」は嘘!
投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2006/03/29 17:40 投稿番号: [3287 / 4578]
ジハード
jih´d
イスラム世界 (ダール・アルイスラームd´r al‐Isl´m) の拡大または防衛のための戦いをいい,一般に〈聖戦〉と訳す。アラビア語の元来の意味は,〈定まった目的のための努力〉である。イスラム法の理念では,世界はイスラムの主権の確立されたダール・アルイスラームでなければならない。まだその主権が確立されていない世界は, ダール・アルハルブd´r al‐harb (戦争世界) と定義され,そこではイスラムの主権が確立されるまでジハードが必要となる。またダール・アルイスラームが異教徒によって脅かされる時にも, ジハードが必要となる。イスラム教徒の義務には,個々のイスラム教徒に課せられた義務と,総体としてのイスラム教徒に課せられた義務とがあり,たとえば五柱では,信仰告白,礼拝,ザカート,断食は前者であるが,巡礼は後者である。 ジハードも総体として課せられた義務で,直接戦闘員としての参加だけでなく,浄財の寄付,馬の提供など,さまざまな形での参加があるが,君主は必要の場合にはムフティーのファトワー (意見書) を得て, ジハードを個々のイスラム教徒に課せられた義務とすることができる。 ジハードでの戦死者は殉教者 (シャヒードshah ̄d) として天国が約束されている。
理念的なイスラム法では,異教徒の中で偶像崇拝者や多神教徒は彼らが改宗するまでジハードの対象であるが,キリスト教やユダヤ教などの唯一創造神の信徒 (啓典の民) は,政治的にムスリムの保護下にあることに満足すれば,信仰の保持は保障される。しかし,現実には,仏教徒もヒンドゥー教徒も,ムスリムの主権を認めれば,その信仰を保持できた。 ジハードはコーランにおいてイスラム教徒の重要な義務とされ, 7 世紀の大征服はジハードによるムスリムの主権の確立であった。その後のイスラム世界では,十字軍に対するジハード意識が高まったのみで,第 1 次世界大戦中,オスマン帝国のスルタンが全世界のムスリムにジハードを呼びかけたが,全ムスリムが一致して異教徒と戦うジハードは実現しなかった。歴史の現実においては,ムラービト朝やムワッヒド朝におけるようにジハードは新国家建設の運動であることが多く,その際の敵は異教徒とともに敵対するムスリムでもあった。植民地時代には西スーダンのジハード国家,東スーダンのマフディー派,リビアのサヌーシー派,インドのムジャーヒディーン運動,東南アジアのアチェ戦争などヨーロッパ勢力に対する激しいジハード運動が起こった。またシーア派などの反体制運動も,体制を担っているムスリムは真のムスリムでないと断定して,しばしばジハードを呼びかけた。シーア派の中には,真のイマームが顕れる日まで,永遠にジハードは続くとする理論もある。 http://ys.hbi.ne.jp/@28dc0f9975fc7890518e62874b948fc229dd109 a76fd7991528f63884c9590c3/netencyhome/index.asp?Word1=%83W%83n%81%5B%83h
本来異教徒にしかジハードできないのに不信仰者とみなしてムスリム同士戦うのはハワーリジュ派の過激派アズラク派みたいでマイナスなのではないかい。
(アフリカでのフラニの聖戦とか)
要するに大ジハードは心の努力。小ジハードは2つあって侵略戦争がカリフ命令でできて、一部の義務。防衛戦争は全てのムスリムの義務と理解しているが。(ビンラディンは防衛ジハードを呼びかけている)
宇宙人改宗させるとかスケールが大きい。
イスラム世界 (ダール・アルイスラームd´r al‐Isl´m) の拡大または防衛のための戦いをいい,一般に〈聖戦〉と訳す。アラビア語の元来の意味は,〈定まった目的のための努力〉である。イスラム法の理念では,世界はイスラムの主権の確立されたダール・アルイスラームでなければならない。まだその主権が確立されていない世界は, ダール・アルハルブd´r al‐harb (戦争世界) と定義され,そこではイスラムの主権が確立されるまでジハードが必要となる。またダール・アルイスラームが異教徒によって脅かされる時にも, ジハードが必要となる。イスラム教徒の義務には,個々のイスラム教徒に課せられた義務と,総体としてのイスラム教徒に課せられた義務とがあり,たとえば五柱では,信仰告白,礼拝,ザカート,断食は前者であるが,巡礼は後者である。 ジハードも総体として課せられた義務で,直接戦闘員としての参加だけでなく,浄財の寄付,馬の提供など,さまざまな形での参加があるが,君主は必要の場合にはムフティーのファトワー (意見書) を得て, ジハードを個々のイスラム教徒に課せられた義務とすることができる。 ジハードでの戦死者は殉教者 (シャヒードshah ̄d) として天国が約束されている。
理念的なイスラム法では,異教徒の中で偶像崇拝者や多神教徒は彼らが改宗するまでジハードの対象であるが,キリスト教やユダヤ教などの唯一創造神の信徒 (啓典の民) は,政治的にムスリムの保護下にあることに満足すれば,信仰の保持は保障される。しかし,現実には,仏教徒もヒンドゥー教徒も,ムスリムの主権を認めれば,その信仰を保持できた。 ジハードはコーランにおいてイスラム教徒の重要な義務とされ, 7 世紀の大征服はジハードによるムスリムの主権の確立であった。その後のイスラム世界では,十字軍に対するジハード意識が高まったのみで,第 1 次世界大戦中,オスマン帝国のスルタンが全世界のムスリムにジハードを呼びかけたが,全ムスリムが一致して異教徒と戦うジハードは実現しなかった。歴史の現実においては,ムラービト朝やムワッヒド朝におけるようにジハードは新国家建設の運動であることが多く,その際の敵は異教徒とともに敵対するムスリムでもあった。植民地時代には西スーダンのジハード国家,東スーダンのマフディー派,リビアのサヌーシー派,インドのムジャーヒディーン運動,東南アジアのアチェ戦争などヨーロッパ勢力に対する激しいジハード運動が起こった。またシーア派などの反体制運動も,体制を担っているムスリムは真のムスリムでないと断定して,しばしばジハードを呼びかけた。シーア派の中には,真のイマームが顕れる日まで,永遠にジハードは続くとする理論もある。 http://ys.hbi.ne.jp/@28dc0f9975fc7890518e62874b948fc229dd109 a76fd7991528f63884c9590c3/netencyhome/index.asp?Word1=%83W%83n%81%5B%83h
本来異教徒にしかジハードできないのに不信仰者とみなしてムスリム同士戦うのはハワーリジュ派の過激派アズラク派みたいでマイナスなのではないかい。
(アフリカでのフラニの聖戦とか)
要するに大ジハードは心の努力。小ジハードは2つあって侵略戦争がカリフ命令でできて、一部の義務。防衛戦争は全てのムスリムの義務と理解しているが。(ビンラディンは防衛ジハードを呼びかけている)
宇宙人改宗させるとかスケールが大きい。
これは メッセージ 3282 (ecebutt さん)への返信です.
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