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コーランの日本語翻訳者

投稿者: ecebuta 投稿日時: 2006/02/27 05:11 投稿番号: [2956 / 4578]
http://ja.wikipedia.org/wiki/大川周明

大川 周明(おおかわ しゅうめい、1886年12月6日 - 1957年12月24日)は、戦前の代表的な右翼思想家の一人。山形県酒田市出身。荘内中学(現山形県立鶴岡南高等学校)、第五高等学校を経て、東京帝国大学文科大学卒(印度哲学専攻)。「特許植民会社制度の研究」で法学博士(1926年取得)。満鉄調査部に勤務の後、拓殖大学教授。

大正・昭和期に、北一輝、満川亀太郎らと親交があり、猶存社、行地社、神武会を結成。三月事件・十月事件にも関与し、五・一五事件では禁錮5年の有罪判決を受け服役。

ルドルフ・シュタイナーの社会三層化論を日本に紹介した人物でもある(「三重国家論」として翻訳)。

太平洋戦争終戦後、A級戦犯(正しくはA項目戦犯)として起訴される。東京裁判に出廷した被告の中で唯一の民間人だった。東京裁判に大川は水色のパジャマを着、素足に下駄を履いて出廷した。休廷中に前に座っている東条英機の頭を後ろから音がする程はたいたり(軍人は坊主頭)、「インダー、コメンジー!(ドイツ語で「インド人よ来たれ!」)」と奇声を発するなど、少し常軌を逸した行動を取った。それにより翌日の法廷で、オーストラリアのウェッブ裁判長は大川周明を精神異常と判断して、彼を裁判から除外し、釈放することとなる。

大川は米軍病院に入院させられ(のち東大病院、松沢病院に転院)、梅毒による精神障害と診断された。のち精神鑑定で異常なしとされたが、裁判には戻されず、松沢病院に入院継続させられた。入院中、以前より念願であったコーラン全文の翻訳を完成させる。東京裁判終了後まもなく釈放された。

大川は極東裁判が始まった時から、「すべて茶番なんだ、こんなもの裁判じゃない」と周囲に漏らしていたなどといわれ、現在でも詐病説が絶えない。

ちなみに、のちにイスラーム研究者となる井筒俊彦に、精神的にも物質的にも援助をしていたのが、大川周明だった。
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