Re: 自由って何?
投稿者: aucuba_japonica 投稿日時: 2006/02/24 05:20 投稿番号: [2937 / 4578]
>芸術では便器に入ったキリスト像やコンドームをかぶせたマリア像(NZ)も知られている。
>アメリカ国旗を燃やしてもよいし(最高裁判決)マリリン・マンソンは聖書を破く。アウシュビッツのうそもかまわない(言論で克服するのが原則)
それらが彼らの自由の内容である。
私は長年外国に居た。外国ではムスリムとしてはそんな話できないと思います。殴られた家が焼かれたムスリムも少なくありません。ホロコースト否定論ヴィッド・アーヴィングは逮捕され、懲役三年の刑を言い渡されたというニュースは日本でも報道されたでしょう。
ホロコースト否定の英歴史学者、オーストリアで禁固3年
オーストリアの首都ウィーンの州裁判所は20日、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定する発言をした罪に問われた英国の歴史学者デビッド・アービング被告(67)に禁固3年を言い渡した。同国では、ホロコーストを否定する言論は法律で禁じられている。
(2月21日、朝日新聞)
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060221220202/
>日本語では普通カルバラの悲劇といいます。発音は似ていますね。
ご修正ありがとうございました。
>①ムハンマド最後の巡礼の時のガディール・ホンムのアリー後継指名問題はスンニー派(ウマイヤ朝支持した)と調整つくのでしょうか?要するに歴史的にはどちらが正しいのか?
第一カリフになる権利はアリーにあったと出張されてる。実際は第四カリフになったアリーがコーランを読んでいたときに暗殺されたからイスラム世界が二つに分裂された。その一つはアレウィー派である。言うまでもなく正義の味方はアレウィー派でした。コーランを信じる人はコーランの命令に従わなければならないでしょう。それなのにアレウィー人は殺され、何百年間圧迫を受けてきた。現在も尚アレウィー人はモスクへ行かない。アレウィー人が祈りたいけど、彼らが集まってるとき軽蔑され、彼らの集まってる建物がモスクと同じように聖所として認められていない。ムハメッドの時代には現在の形を持つモスクがなかったのに。許されていないからトルコの半分を占めてるアレウィー人は祈り場を持っていない。自由って何?ここにも自由がない。アメリカでの共産主義者にも自由がなかった(笑。又、特に現在は経済的圧迫を受けてる人には自由があるとは言えません。これらの問題は風刺画や侮辱の自由より大切なのではないかと思います。
>カルバラー起源ではなく3代カリフ ウスマーンが暗殺された後アリー支持派の中の極端な人がシーア派の起源となったとある本で読んだのですが。(勿論、シーア派はサバ自体不存在説らしいのですが)
歴史的にはアレウィー派の後シーア派が設立された。
ウスマーンの功績は多かれ少なかれ、知ってるのは、ムハメッド様が戦争の目的でアラビア半島を離れなかったということです。ムハメッドの死後、戦争が行われたがいつも先頭に立ったアリーはそれらの戦争に参加しなかった。それには意味があったと思われる。ウスマーンはコーランを統一させたが、信じられないほど多くのくだらない非科学的な口伝えやコーランの曲解な解釈が現在まで言い伝えられてきた。その責任は指導者にあったと思います。又ユダヤ人の影響も少なくなかった。
歴史には色んな事情が絡んでる。イエス様の再生の話は現在も流行です。コーランはムハメッドが最後の預言者であると書いても再生の話が続いてる。イスタンブールを征服したメフメット二世の先生もアレウィー派に改宗したと知られてる。形だけで(笑。面白いだから教えてくれたサイトの一部を以下にコピーします。
『その最たる者がアブドッラーヒ イブン サバでした。彼はもともとユダヤ教徒で、形だけはイスラームに改宗したものの、心の中にはイスラームとムスリムに対する憎しみと悪意を抱いていました。
そして民衆に対して次のように言ったのでした。
「預言者イーサーがお戻りになられることを信じ、ムハンマドがお戻りになられると言う者をうそつき呼ばわりする民には驚かされる。ムハンマドのほうがイーサーより戻ることがふさわしいではないか。」 「全ての預言者には後継者がいる。ムハンマドの後継者はアリーである。」
「ムハンマドは最期の預言者で、アリーは最期の後継者である。」
「アリーからウンマの責任者である地位を奪ったもののなんと不正なことよ。あなた方の統治者たちとこのことを弾劾せよ。」
このようにして彼は嘘偽りを言いふらし、ムスリムたちを疑惑と猜疑の渦に放り込みま
>アメリカ国旗を燃やしてもよいし(最高裁判決)マリリン・マンソンは聖書を破く。アウシュビッツのうそもかまわない(言論で克服するのが原則)
それらが彼らの自由の内容である。
私は長年外国に居た。外国ではムスリムとしてはそんな話できないと思います。殴られた家が焼かれたムスリムも少なくありません。ホロコースト否定論ヴィッド・アーヴィングは逮捕され、懲役三年の刑を言い渡されたというニュースは日本でも報道されたでしょう。
ホロコースト否定の英歴史学者、オーストリアで禁固3年
オーストリアの首都ウィーンの州裁判所は20日、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定する発言をした罪に問われた英国の歴史学者デビッド・アービング被告(67)に禁固3年を言い渡した。同国では、ホロコーストを否定する言論は法律で禁じられている。
(2月21日、朝日新聞)
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060221220202/
>日本語では普通カルバラの悲劇といいます。発音は似ていますね。
ご修正ありがとうございました。
>①ムハンマド最後の巡礼の時のガディール・ホンムのアリー後継指名問題はスンニー派(ウマイヤ朝支持した)と調整つくのでしょうか?要するに歴史的にはどちらが正しいのか?
第一カリフになる権利はアリーにあったと出張されてる。実際は第四カリフになったアリーがコーランを読んでいたときに暗殺されたからイスラム世界が二つに分裂された。その一つはアレウィー派である。言うまでもなく正義の味方はアレウィー派でした。コーランを信じる人はコーランの命令に従わなければならないでしょう。それなのにアレウィー人は殺され、何百年間圧迫を受けてきた。現在も尚アレウィー人はモスクへ行かない。アレウィー人が祈りたいけど、彼らが集まってるとき軽蔑され、彼らの集まってる建物がモスクと同じように聖所として認められていない。ムハメッドの時代には現在の形を持つモスクがなかったのに。許されていないからトルコの半分を占めてるアレウィー人は祈り場を持っていない。自由って何?ここにも自由がない。アメリカでの共産主義者にも自由がなかった(笑。又、特に現在は経済的圧迫を受けてる人には自由があるとは言えません。これらの問題は風刺画や侮辱の自由より大切なのではないかと思います。
>カルバラー起源ではなく3代カリフ ウスマーンが暗殺された後アリー支持派の中の極端な人がシーア派の起源となったとある本で読んだのですが。(勿論、シーア派はサバ自体不存在説らしいのですが)
歴史的にはアレウィー派の後シーア派が設立された。
ウスマーンの功績は多かれ少なかれ、知ってるのは、ムハメッド様が戦争の目的でアラビア半島を離れなかったということです。ムハメッドの死後、戦争が行われたがいつも先頭に立ったアリーはそれらの戦争に参加しなかった。それには意味があったと思われる。ウスマーンはコーランを統一させたが、信じられないほど多くのくだらない非科学的な口伝えやコーランの曲解な解釈が現在まで言い伝えられてきた。その責任は指導者にあったと思います。又ユダヤ人の影響も少なくなかった。
歴史には色んな事情が絡んでる。イエス様の再生の話は現在も流行です。コーランはムハメッドが最後の預言者であると書いても再生の話が続いてる。イスタンブールを征服したメフメット二世の先生もアレウィー派に改宗したと知られてる。形だけで(笑。面白いだから教えてくれたサイトの一部を以下にコピーします。
『その最たる者がアブドッラーヒ イブン サバでした。彼はもともとユダヤ教徒で、形だけはイスラームに改宗したものの、心の中にはイスラームとムスリムに対する憎しみと悪意を抱いていました。
そして民衆に対して次のように言ったのでした。
「預言者イーサーがお戻りになられることを信じ、ムハンマドがお戻りになられると言う者をうそつき呼ばわりする民には驚かされる。ムハンマドのほうがイーサーより戻ることがふさわしいではないか。」 「全ての預言者には後継者がいる。ムハンマドの後継者はアリーである。」
「ムハンマドは最期の預言者で、アリーは最期の後継者である。」
「アリーからウンマの責任者である地位を奪ったもののなんと不正なことよ。あなた方の統治者たちとこのことを弾劾せよ。」
このようにして彼は嘘偽りを言いふらし、ムスリムたちを疑惑と猜疑の渦に放り込みま
これは メッセージ 2933 (secular2004jp さん)への返信です.
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