イスラエル在住の方の日記より 1
投稿者: kokunan678 投稿日時: 2004/11/25 11:57 投稿番号: [46 / 2525]
イスラエル国内のアラブ人の状況はどうかというとステレオタイプだ。超能力でもあるのだろうか?知りもしないくせにもう最初から結論が出ている。中にはojin_8823さんが紹介している例のF先生のように「すべてのアラブ人クリスチャンがイスラエルから追い出された」とかいう即刻ばれるような電波を飛ばす知能が著しく低いアホ教授も存在する(こんなアホ教授は即刻リストラにすべき)。このようなバカが多い中で面白い日記を見つけた(オススメ♪)。
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http://rakudano2.exblog.jp/d2004-11-10
ハイソなイスラエル・アラブ人と貧ソなイスラエル・ユダヤ人。
さて、と。
ニッポンまたは世界のメディアで語られるように、イスラエルのアラブ人は果たしてそんなにウルトラ貧乏なのきゃっ? のお話。と、まずここで自分に質問。
「あんたの言うイスラエルのアラブ人って誰よ?」
そう、まずこれをはっきりしなければいけませんね。「イスラエルのアラブ人」とは、イスラエル国籍のアラブ人(イスラム教徒やキリスト教徒)のことで、彼らイスラエリーアラブ人はイスラエル国民の20%を占めています。
つまりパレスチナ自治区(ベツレヘム、ガザ、ラマッラなど)のアラブ人やパレスチナ難民はイスラエル国民でもイスラエリーアラブ人でもありません。そのイスラエル国籍ではないパレスチナ自治区のアラブ・パレスチナ人についての保障は、94年のオスロ合意議以降はアラファトに一切の権限があります。
さて、ここからが今日の本題。イスラエルで最も貧乏な街とはどこか。やっぱりメディアで映るような水も通っていないような貧困なアラブの町でしょうかね。
んじゃ、まずは結論から。
イスラエル国内で「最もウルトラ貧乏な街」は、Benei Brak(ベネイ・ブラク)と言う街です。このベネイ・ブラクの市民の31%、そして子供の50%がPoverty Line、つまり最低収入ラインの貧困ということです(この統計は2003年10月の現在一番新しい統計です)。
そして、輝かしいウルトラ貧乏第二位の街はなんと、わが街、エルサレム!ちなみに2001年の統計ではエルサレムが貧困第一位でした。って、威張れませんけどね。
このベネイ・ブラクはイスラエル国内でも有名なユダヤ教正統派の街で、住人は黒づくめのひげもじゃ正統派で、おそらく99.9%、アラブの住民はいないでしょうね。その主な理由はなんと言っても、これ。ニッポンじゃテレビネタになるほどの「子沢山大家族」。
ひげもじゃの家庭では子供が5、6人は当たり前。これはちょっと少ないんじゃないかとさえ思えます。そして多い家庭では子供が14、5人にもなって、お母ちゃんは結婚してから20年間ほどいつもお腹が大きければ、そりゃ当然、共働きは難しい。これではどうやったって家計は火の車。
そしてこれは、このブログでも私の私生活を通して紹介してきたエルサレムにも言えることで、市民の30%がひげもじゃの「20年間保障つき子沢山ライフ」。そして世俗社会のユダヤ人(一家あたりの子供の数は3、4人)が40%、あとの残り30%はアラブ人。つまりエルサレムの70%はユダヤ人なワケ、なのに貧困第1、2位を争うのね・・・。
エルサレムでのもうひとつの理由は、ひげもじゃ子沢山に加えてムスリムアラブもまた子沢山(といってもさすがに15人はあまりいないかも)なのと、なぜかしら他の街と比べてエルサレムのアラブ人は「怠け者」が多い!と、いうこと。冗談抜きで他の街のアラブ人とは比較にならないほどです。やっぱり他の街と比べて山の中の村人メンタリティーなのかなぁ。
例えば、ある若いアラブ人男性が食堂のキッチンで働いているとすると、店主が「おい、カバブを作れ。」と彼に言ったとしたら、彼は言いつけ通りにちゃんとカバブは作ります。が、そう、それだけです。だって店主はそう言ったでしょうと。そして後は次に何かを言われるまで、ぼーっ。まわりが洗い物の山であろうがなんだろうが、関係なし。
万事が全てこの調子。これじゃあ、能率悪すぎますよね。そして観光で収入を得ていたこの街はインティファーダ以来、一時期はゴーストタウンとまで化して閑古鳥すらも飛ばないような状況。
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http://rakudano2.exblog.jp/d2004-11-10
ハイソなイスラエル・アラブ人と貧ソなイスラエル・ユダヤ人。
さて、と。
ニッポンまたは世界のメディアで語られるように、イスラエルのアラブ人は果たしてそんなにウルトラ貧乏なのきゃっ? のお話。と、まずここで自分に質問。
「あんたの言うイスラエルのアラブ人って誰よ?」
そう、まずこれをはっきりしなければいけませんね。「イスラエルのアラブ人」とは、イスラエル国籍のアラブ人(イスラム教徒やキリスト教徒)のことで、彼らイスラエリーアラブ人はイスラエル国民の20%を占めています。
つまりパレスチナ自治区(ベツレヘム、ガザ、ラマッラなど)のアラブ人やパレスチナ難民はイスラエル国民でもイスラエリーアラブ人でもありません。そのイスラエル国籍ではないパレスチナ自治区のアラブ・パレスチナ人についての保障は、94年のオスロ合意議以降はアラファトに一切の権限があります。
さて、ここからが今日の本題。イスラエルで最も貧乏な街とはどこか。やっぱりメディアで映るような水も通っていないような貧困なアラブの町でしょうかね。
んじゃ、まずは結論から。
イスラエル国内で「最もウルトラ貧乏な街」は、Benei Brak(ベネイ・ブラク)と言う街です。このベネイ・ブラクの市民の31%、そして子供の50%がPoverty Line、つまり最低収入ラインの貧困ということです(この統計は2003年10月の現在一番新しい統計です)。
そして、輝かしいウルトラ貧乏第二位の街はなんと、わが街、エルサレム!ちなみに2001年の統計ではエルサレムが貧困第一位でした。って、威張れませんけどね。
このベネイ・ブラクはイスラエル国内でも有名なユダヤ教正統派の街で、住人は黒づくめのひげもじゃ正統派で、おそらく99.9%、アラブの住民はいないでしょうね。その主な理由はなんと言っても、これ。ニッポンじゃテレビネタになるほどの「子沢山大家族」。
ひげもじゃの家庭では子供が5、6人は当たり前。これはちょっと少ないんじゃないかとさえ思えます。そして多い家庭では子供が14、5人にもなって、お母ちゃんは結婚してから20年間ほどいつもお腹が大きければ、そりゃ当然、共働きは難しい。これではどうやったって家計は火の車。
そしてこれは、このブログでも私の私生活を通して紹介してきたエルサレムにも言えることで、市民の30%がひげもじゃの「20年間保障つき子沢山ライフ」。そして世俗社会のユダヤ人(一家あたりの子供の数は3、4人)が40%、あとの残り30%はアラブ人。つまりエルサレムの70%はユダヤ人なワケ、なのに貧困第1、2位を争うのね・・・。
エルサレムでのもうひとつの理由は、ひげもじゃ子沢山に加えてムスリムアラブもまた子沢山(といってもさすがに15人はあまりいないかも)なのと、なぜかしら他の街と比べてエルサレムのアラブ人は「怠け者」が多い!と、いうこと。冗談抜きで他の街のアラブ人とは比較にならないほどです。やっぱり他の街と比べて山の中の村人メンタリティーなのかなぁ。
例えば、ある若いアラブ人男性が食堂のキッチンで働いているとすると、店主が「おい、カバブを作れ。」と彼に言ったとしたら、彼は言いつけ通りにちゃんとカバブは作ります。が、そう、それだけです。だって店主はそう言ったでしょうと。そして後は次に何かを言われるまで、ぼーっ。まわりが洗い物の山であろうがなんだろうが、関係なし。
万事が全てこの調子。これじゃあ、能率悪すぎますよね。そして観光で収入を得ていたこの街はインティファーダ以来、一時期はゴーストタウンとまで化して閑古鳥すらも飛ばないような状況。
これは メッセージ 1 (kokunan678 さん)への返信です.
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