ユダヤ人と彼等の嘘Ⅹ マルチン・ルター
投稿者: military_messaiah 投稿日時: 2006/06/27 17:46 投稿番号: [2072 / 2453]
彼らは十戎を愚弄する。神を馬鹿にする
もし十戒が守られないのであれば、他の戒律など守ったとしても、それは神を愚か者の如くに扱う詐欺師かぺてん師以外の何者でもない。
それは、あたかも悪魔の統領が、祭司か牧師の衣装をつけて我々の間を歩き回ったり、その様な方々のすぺての戒律や生き方を順守するかのようにふるまっているのと同様である。しかしながらその様な精神の面での粉飾の下に真の悪魔、オオカミ、教会の敵冒涜者が居り福音も十戎も、ともにふみにじり、呪いそして非難しているのである。神の御前てそれは何と素晴らしい聖人ではないか。あるいはもしこの世で、一人の美しい女性が慎み深いしとやかさと純潔さに満ちたマナー、公正さ、立居振舞をしなが処女である事を示す花飾りをつけてそぞろ歩いていたとしても、裏では十戎に背く淫らで恥づぺき売春婦であったとしたら、たとへ彼女が見える所では純潔の公正さや振舞いを守ったとしても彼女の素靖らしい従順さはいったい何の役に立つのだろうか。彼女はだらしのない公娼達の七倍も軽蔑されるという結果になるだらう。
このように神は、彼らが外見は戒律と高潔さの様子を示しながら、あらゆる種類の偶像崇拝と邪悪な行いをしているので、神の預言を送ることにより、常にイスラエル人を卑しい売春婦と叱ったのである。特にホセアが二章四、五で嘆いたように。「私はその子らを哀れまない。彼らは淫行の子等だからである。彼らの母は淫行をなし、彼らをはらんだ披女は恥ずぺき事を行った。彼女は言う。『私は我が懸人達についていこう。彼らは私にパンと水、羊の毛と麻と油、そして飲み物を与える』と」乙女や女性が敬虔かつ清潔で見苦しくなく装い外見上、慎ましやかに振舞うを見るのは、実に素晴らしい事である。しかし彼女がもし、売春婦であるならその(すばらしい)衣装、装身具、花飾り、そしてアクセサリーは、ぬかるみの中の雌豚が身につけたほうが、より、まともにみえる事てあろう。ソロモンが言うように「きれいで馬鹿な女は、雌豚の鼻の上につけられた黄金のモールのようである」。
親愛なるキリスト教徒よ、こうした事から盲目のユダヤ人どもが貴方たちを誤り導くのを黙認する時には、自分達が何をしようとしているのか、よく気を付けるぺきである。このような場合には一つの諺が確かに成り立つであろう。すなわち、「盲目の者が盲目の者を導くなら、両者とも、堀に落ちるであろう」という諺が。それ以上のことで彼らユダヤ人から学ぶものはない。神の戒律を知らず、それでも異教徒達に対し高慢で居丈高になる。神の前に出るなら、異邦人のほうがまだましである。何故なら、彼らは神聖さに関してそんな高慢さを持っていないが、しかしおごり高ぶる聖人達や罪深い涜神の者や嘘つき者どもより、はるかに律法に適ったことを為すからである。
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もし十戒が守られないのであれば、他の戒律など守ったとしても、それは神を愚か者の如くに扱う詐欺師かぺてん師以外の何者でもない。
それは、あたかも悪魔の統領が、祭司か牧師の衣装をつけて我々の間を歩き回ったり、その様な方々のすぺての戒律や生き方を順守するかのようにふるまっているのと同様である。しかしながらその様な精神の面での粉飾の下に真の悪魔、オオカミ、教会の敵冒涜者が居り福音も十戎も、ともにふみにじり、呪いそして非難しているのである。神の御前てそれは何と素晴らしい聖人ではないか。あるいはもしこの世で、一人の美しい女性が慎み深いしとやかさと純潔さに満ちたマナー、公正さ、立居振舞をしなが処女である事を示す花飾りをつけてそぞろ歩いていたとしても、裏では十戎に背く淫らで恥づぺき売春婦であったとしたら、たとへ彼女が見える所では純潔の公正さや振舞いを守ったとしても彼女の素靖らしい従順さはいったい何の役に立つのだろうか。彼女はだらしのない公娼達の七倍も軽蔑されるという結果になるだらう。
このように神は、彼らが外見は戒律と高潔さの様子を示しながら、あらゆる種類の偶像崇拝と邪悪な行いをしているので、神の預言を送ることにより、常にイスラエル人を卑しい売春婦と叱ったのである。特にホセアが二章四、五で嘆いたように。「私はその子らを哀れまない。彼らは淫行の子等だからである。彼らの母は淫行をなし、彼らをはらんだ披女は恥ずぺき事を行った。彼女は言う。『私は我が懸人達についていこう。彼らは私にパンと水、羊の毛と麻と油、そして飲み物を与える』と」乙女や女性が敬虔かつ清潔で見苦しくなく装い外見上、慎ましやかに振舞うを見るのは、実に素晴らしい事である。しかし彼女がもし、売春婦であるならその(すばらしい)衣装、装身具、花飾り、そしてアクセサリーは、ぬかるみの中の雌豚が身につけたほうが、より、まともにみえる事てあろう。ソロモンが言うように「きれいで馬鹿な女は、雌豚の鼻の上につけられた黄金のモールのようである」。
親愛なるキリスト教徒よ、こうした事から盲目のユダヤ人どもが貴方たちを誤り導くのを黙認する時には、自分達が何をしようとしているのか、よく気を付けるぺきである。このような場合には一つの諺が確かに成り立つであろう。すなわち、「盲目の者が盲目の者を導くなら、両者とも、堀に落ちるであろう」という諺が。それ以上のことで彼らユダヤ人から学ぶものはない。神の戒律を知らず、それでも異教徒達に対し高慢で居丈高になる。神の前に出るなら、異邦人のほうがまだましである。何故なら、彼らは神聖さに関してそんな高慢さを持っていないが、しかしおごり高ぶる聖人達や罪深い涜神の者や嘘つき者どもより、はるかに律法に適ったことを為すからである。
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これは メッセージ 2071 (military_messaiah さん)への返信です.
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