シャロン首相の犯罪疑惑(1)
投稿者: sinobu_10 投稿日時: 2003/12/06 21:26 投稿番号: [1699 / 2453]
第十章
犯罪シンジケートへのイスラエル囲い込み
麻薬カルテル、メデリン
公にはその操縦母体であるADLと距離を保ちながら、ヴェスコは一九七九
年には、北米史上最大の利益をもたらす麻薬ルートをつくり上げていた。
自動車泥棒とマリファナ密輸のかどでフロリダの刑務所に六年間服役したこ
とがあるコロンビアのチンピラやくざカルロス・レーダー・リバスと組んで、
彼はノーマンズ・ケイというバハマの島を購入した。その後三年間、この島は
アメリカ向けコロンビア産コカインの主要中継点として利用された。密かにA
DLシンジケートのために働くヴェスコとアドルフ・ヒトラーに対する尊敬の
念を公然と口にするコロンビアのチンピラやくざの共同事業というのは、どう
見ても不自然なものであるが、これも戦略的背景があってこそ行われているの
である。
コロンビアにあるレーダーの組織は、メデリン犯罪組織の中心的グループと
密接な関係にあった。メデリン・ファミリーはエメラルドの密輸によって財を
築いたが、当時はボリビアとペルーでのコカイン生産を大幅に増やすために資
金を注ぎ込んでいた。このコカインはコロンビアにある秘密工場で精製され、
人目につかない小さな空港からアメリカに運び込まれた。このヴェスコとレー
ダーの共同事業は、今日いわゆるメデリン・カルテルとして知られるものにま
で成長した。
世間一般にはメデリン・カルテルというコロンビア新興勢力が、北米におけ
る従来の麻薬犯罪組織に取って代わったと言われているが、事実は全くその逆
である。メイヤー・ランスキーは西半球一帯への麻薬の供給を目論んでいた
が、カーター政権時代に銀行に対する規制が緩和された結果、その事業は大き
く前進した。パナマ共和国と西インド諸島は一夜にしてダーティー・マネーの
新たな逃避先となったが、ランスキーとADLはこういった一連の動きを背後
から操るため事前にこの地に移ってきていた。彼らは苦労しながらもこうした
オフショアの資金洗浄の仕組みをつくり上げたおかげで、旧来の組織ではあり
ながらメデリンや他の南米のコカイン・カルテルを牛耳ることができた。コロ
ンビア人の方は有名になったが、ADLの大物たちをはじめとするランスキー
の組織は大金を懐にすることに成功した。
カーター政権内のADL
ADLの支持者ソル・リノヴィッツはカーター政権のパナマ運河条約交渉特
別担当官だった。交渉に際しリノヴィッツには、パナマの銀行にオフショアの
ダーティー・マネーを受け入れさせるという別の目的があった。彼は私欲のな
い人間などでは決してなかった。パナマ・ナショナル・バンクの代行機関であ
るマリーン・ミッドランド銀行の取締役として、リノヴィッツ自身は投機資金
であるホット・マネーを操っていた。パナマ運河条約交渉の最中の一九七八
年、マリーン・ミッドランド銀行は香港上海銀行に買収された。香港上海銀行
は、一九世紀における中国でのアヘン戦争以来、世界でも最も悪名高い麻薬資
金の洗浄機関である。
さらに一九八〇年代にランスキー一味がコカイン取引でボロ儲けをする体制
を築き上げていたちょうどその期間、カーター政権の商務長官はADLの最高
幹部フィリップ・クラツニックだった。証言に基づいてつくられた公式のAD
L史『一日にして成らず』によると、クラツニックの商務長官選任に関して
カーターのホワイト・ハウスと民主党全国委員長ロバート・シュトラウスが、
副大統領ウォルター・モンデールの長年の友であるバートン・ジョセフに直接
相談している。当時ADL全米委員長を務めていたこのバートン・ジョセフ
は、前にも再三述べた通り、以前リクリスとヴェスコを結び付けた人物であ
る。
麻薬カルテル、メデリン
公にはその操縦母体であるADLと距離を保ちながら、ヴェスコは一九七九
年には、北米史上最大の利益をもたらす麻薬ルートをつくり上げていた。
自動車泥棒とマリファナ密輸のかどでフロリダの刑務所に六年間服役したこ
とがあるコロンビアのチンピラやくざカルロス・レーダー・リバスと組んで、
彼はノーマンズ・ケイというバハマの島を購入した。その後三年間、この島は
アメリカ向けコロンビア産コカインの主要中継点として利用された。密かにA
DLシンジケートのために働くヴェスコとアドルフ・ヒトラーに対する尊敬の
念を公然と口にするコロンビアのチンピラやくざの共同事業というのは、どう
見ても不自然なものであるが、これも戦略的背景があってこそ行われているの
である。
コロンビアにあるレーダーの組織は、メデリン犯罪組織の中心的グループと
密接な関係にあった。メデリン・ファミリーはエメラルドの密輸によって財を
築いたが、当時はボリビアとペルーでのコカイン生産を大幅に増やすために資
金を注ぎ込んでいた。このコカインはコロンビアにある秘密工場で精製され、
人目につかない小さな空港からアメリカに運び込まれた。このヴェスコとレー
ダーの共同事業は、今日いわゆるメデリン・カルテルとして知られるものにま
で成長した。
世間一般にはメデリン・カルテルというコロンビア新興勢力が、北米におけ
る従来の麻薬犯罪組織に取って代わったと言われているが、事実は全くその逆
である。メイヤー・ランスキーは西半球一帯への麻薬の供給を目論んでいた
が、カーター政権時代に銀行に対する規制が緩和された結果、その事業は大き
く前進した。パナマ共和国と西インド諸島は一夜にしてダーティー・マネーの
新たな逃避先となったが、ランスキーとADLはこういった一連の動きを背後
から操るため事前にこの地に移ってきていた。彼らは苦労しながらもこうした
オフショアの資金洗浄の仕組みをつくり上げたおかげで、旧来の組織ではあり
ながらメデリンや他の南米のコカイン・カルテルを牛耳ることができた。コロ
ンビア人の方は有名になったが、ADLの大物たちをはじめとするランスキー
の組織は大金を懐にすることに成功した。
カーター政権内のADL
ADLの支持者ソル・リノヴィッツはカーター政権のパナマ運河条約交渉特
別担当官だった。交渉に際しリノヴィッツには、パナマの銀行にオフショアの
ダーティー・マネーを受け入れさせるという別の目的があった。彼は私欲のな
い人間などでは決してなかった。パナマ・ナショナル・バンクの代行機関であ
るマリーン・ミッドランド銀行の取締役として、リノヴィッツ自身は投機資金
であるホット・マネーを操っていた。パナマ運河条約交渉の最中の一九七八
年、マリーン・ミッドランド銀行は香港上海銀行に買収された。香港上海銀行
は、一九世紀における中国でのアヘン戦争以来、世界でも最も悪名高い麻薬資
金の洗浄機関である。
さらに一九八〇年代にランスキー一味がコカイン取引でボロ儲けをする体制
を築き上げていたちょうどその期間、カーター政権の商務長官はADLの最高
幹部フィリップ・クラツニックだった。証言に基づいてつくられた公式のAD
L史『一日にして成らず』によると、クラツニックの商務長官選任に関して
カーターのホワイト・ハウスと民主党全国委員長ロバート・シュトラウスが、
副大統領ウォルター・モンデールの長年の友であるバートン・ジョセフに直接
相談している。当時ADL全米委員長を務めていたこのバートン・ジョセフ
は、前にも再三述べた通り、以前リクリスとヴェスコを結び付けた人物であ
る。
これは メッセージ 1 (enrique_1987 さん)への返信です.
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