アラブ移民問題
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/01/23 13:03 投稿番号: [1352 / 2453]
> パレスチナにおけるユダヤ人口は 1919 年の6 万 5000 人、一説では 5 万 8000 人から 1939 年
> の 45 万人に増加。判り易くする為に単純に計算すると、この二十年間でユダヤの移民は 40 万人
> 弱だった事になります。このムーブメントは勿論アラブ人達に脅威を与え、1920 年と 1921 年の
> アラブの暴動は彼らの焦りを反映したものですが、その後も(人口的マジョリティーを失わない為
> に)対抗手段としてアラブサイドからも、どんどんパレスチナへと移民を送り込んだので、それが
> 結果的に統計で示されているように 1919 年の 50 万人強から 1939 年の 93 万人弱へとやはり
> 40 万人強の人口増を齎した訳です。
**キング・クレーン委員会の報告**
概算人口
・地区別概算人口[ここではパレスチナのみ]を以下に続く表と論考のより良い理解の為にここで加える。全ての数値[人口]は単なる近似値と見なされるべきものだが、人口構成についてかなり正確な見識が得られるだろう。
Under British Military Administration-Comprises Palestine west of Jordan line.
Moslems
515,000
Christians
62,500
Druses
60,000
Jews
65,000
Others
5,000
Totals
647,500
http://www.mideastweb.org/kingcrane.htm
1919年というと、オスマントルコ崩壊後、大戦終結直後、委任統治前です。従ってこの時に正確な国勢調査を行った組織はありません。おそらくその数値の出典はキング・クレーン委員会報告書でしょう。注釈にもあるとおり、この数値は報告書の理解を助けるための近似値であり、そのような数値をわざわざ抜き出して考察することは無意味です。
これは メッセージ 1351 (marchingpeople さん)への返信です.
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