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難民問題(1)

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/12/09 20:19 投稿番号: [1180 / 2453]
それで話を戻しまして、

> 実際問題、1917 〜 1920 年当時、どれほどのパレスチナに住むアラブ
> 人たちがこの内容を知っていたとお思いでしょうか?

  これは後述するアラブ扇動家フセイニーが、バルフォア宣言を使って不安を煽ってたので、「協定も詐欺行為の証拠だ」とかアジってたと思いますよ。内容を正確に把握してた人は、少ないと思いますが。
  それで、イスラエル大使館の歴史、「当初」が協定を指すならイスラエルも重視されているのでは?、勿論、別なことならば、「当初シオニスト側はアラブとの対話で和解の道をさぐろうとしたが、結局うまくいかなかった。」が妥当かも知れません。


> また、ファイサル-ワイツマン協定の1年後の 1920 年のアラブ人暴動
> は、なぜおきたとお思いでしょうか?

この箇所の再考ですね?
》   ユダヤの民族再興と祖国再建運動は、アラブの民族主義者によって
》 妨害された。彼らの強烈な反ユダヤ感情は、1920年、1921年、1929年
》 そして1931年から39年にかけて、反ユダヤ暴動となって爆発した。

  大使館によると「強烈な反ユダヤ感情」によって起こったとなっています。この反ユダヤという言葉は反米などと違う響きがあります。頻繁にこの言葉を使うやり方は、異論を封殺して闘争を正当化した全体主義者にそっくりです。もし当時の状況が「反ユダヤ」だと表現するのが適切でないならば、それはジェノサイドを巧みに利用して、犠牲者を冒涜する行為に他ならないと考えています。

  当時については概要しか分からないのですが、20年代から39年はその前後も合わせて、人口動態が大幅に変化した次期です。その中でもとくに激増したのが、ユダヤ人だったことに異論がないと思います。
  当時の経済的状況については知らないことの方が多いのですが、オスマン・トルコ統治下においてロスチャイルドらによる支援により、入植者は資金が豊富でアラブ労働者も使い景気が良かったみたいです。が、この事は農奴のような扱いを受けていたアラブ人にとっては有り難い事ですが、それは賃金の高騰を意味しますのでフセイニーを初めとしたアラブ支配者層は快く思わなかったでしょう。
  さらに1905年の第7回シオニズム会議でパレスチナを民族郷土とすることが明確にされ運動の方向が定まったことで、増え続ける人口に対処するため、パレスチナのユダヤ社会も次第に雇用者として同胞を雇う傾向があったと思います、当然、世界恐慌の影響もあったでしょう。もし、大部分のアラブ労働者が暴動が頻発している時点でも、ユダヤ人に雇われていたのならば暴動の度に休む事を不審に思ったはずです。
  また、運動そのものが民族郷土を目指している以上、現地の事情はどうあれ土地の買収が行われています。ようするに敵対的買収によって合法的な乗っ取りを試みています。だから「ユダヤの民族主義者は、アラブの民族主義者によって合法的な乗っ取りを妨害された」程度でしょうか。
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