アラファトの責任 ojin 8823様
投稿者: sevenwhitebird 投稿日時: 2002/11/10 23:21 投稿番号: [1091 / 2453]
ガザ出身のPLO議長アラファトは、「どんな苦労をしてもパレスチナに帰る。
政治闘争も武装闘争も、あらゆる方法を動員する。」という目標を掲げ、
イスラエルに対する戦いをゲリラ兵士によるテロ活動中心へと変更していった。
PLOに加担する日本赤軍が、1972年5月イスラエルロッド空港で自動小銃乱射。
日本赤軍って、何?全学連も知らない。
核マル派、中核派は聞いたことあるけど、、関係あるんですか?
1972年9月ミュンヘンオリンピックでイスラエル選手村をアラブゲリラの一派黒い9月が襲撃。
1979年3月、エジプトサダト大統領とイスラエルベギン大統領の交渉で、停戦成立。
1981年10月
イスラム原理主義者によって、サダト大統領暗殺。
なんか、アラファトって、今は平和主義者になってるけど、ホントかな〜
平和ノーベル賞までもらっちゃって、、なんでもらったんだろう??
アラファトの罪って酷く重いと思うのに、、
現在テロリストを逮捕するのも、国際社会の支持を得る為だけじゃないの?とか思ったりして、、
弱い者に優しい…けど、目的の為には手段を選ばない。
そんなイデオロギーが、共産主義とイスラム教の相通ずる所のように感じます。
基本的に反米ってとこが同じだからかな、、わからない。
これは メッセージ 1082 (ojin_8823 さん)への返信です.
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