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Re: 聖書のヤハウェは ニビル星人  4

投稿者: akusyon_kamen_2012 投稿日時: 2012/10/12 13:33 投稿番号: [9274 / 10174]
  シュメール文書の記述による大洪水の物語の結末は、ジウスドラ/ウトナピシュティム(聖書ではノアとなっている)が、生け贄をアララト山の上で捧げ、エンリルは肉の焼ける匂いを楽しみ、人間の存在を許し、ジウスドラと彼の妻を祝福したとある。一方聖書の創世記では、ノアが祭壇を作り、動物の生け贄を捧げた時、その「芳しい香りを嗅いだ」のは、ヤハウエであった。

    個人的な性格では人類を創ったエンキは、アヌンナキの神々に対しても、人間たちに対しても、そんなに厳格ではなく、むしろ忍耐強いほうであった。一方エンリルは厳格な性格で、法と秩序が絶対で妥協せず、罰が当然の場合はためらわずに処罰した。しかし厳格なはずのエンリルも、一度性的乱交の罪を犯して、一時追放されている。しかし暴行した神の看護士ニンリルを後に妻として娶ったので、この罪は許された。エンリルは、アヌンナキ/ネフィリムと「人間の娘」との異星人間の結婚に反対していた。エンリルの厳しさは他のアヌンナキの神々に対しても同じであった。彼の性格には、冷たさと同時に、それなりに人に報いるという別の面もあった。シュメール人たちは彼を敬愛して、「父なるエンリル」、また「何でも持つ指導者」と呼んでいた。

    このようなエンリルの性格の二面性は、違反に対しては厳罰を、功績に対しては恩恵を、という聖書に描かれているヤハウエの性格によく似ている。主ヤハウエは祝福することも、呪うこともできると、聖書の申命記にはっきりと述べられている。(第11章26節)   主ヤハウエの戒律に従えば、人々とその子孫たちは祝福され、収穫は豊かに、家畜は増え、敵は滅ぼされ、どんな商売でも成功する。しかし主ヤハウエとその戒律を無視すれば、彼らの家や土地は呪われ、災害に苦しみ、損害を受け、失われ、飢饉に見舞われるだろう(申命記第28章)。「主ヤハウエはいつくしみの深い神である」とあり、続く章には、「ヤハウエは、ねたみ深い神である」とも述べられている。

    さてここで、7と50という数字の重要性を見てみよう。
    これらの数字は自然現象に一致するものではない。しかし聖書には7という数字が頻繁に登場する。7日目を清めて、神に捧げる安息日にする習わしは、アヌンナキの神々の活動が始まった頃よりずっと続いていた。カインの罪の呪いは7回、7世代にあたり続くとされた。エリコの城壁を崩壊させるには、7回包囲する必要があるとされた。多くの聖職者の儀式は、7回繰り返したり、7日間続けられたりした。新年の祝いは、7ヶ月目のティシュレイに行なわれるように計画され、主要な休日は7日間続けるように定められていた。

    そして50という数は、「契約の櫃」や「聖なる幕屋、タバナクル」を作るのに必要な基本的仕様の数値であった。またエゼキエルが幻に見たという未来の神殿の、重要な要素になる数でもあった。さらに聖職者の儀式で、暦日を数えるのにも用いられた。アブラハムは50人の正しい者がいれば、ソドムの破壊を見合わせて欲しいと願った。また重要なものとしてはヨベルの年(安息年)があり、この年には奴隷は解放され、財産は元の持ち主に返されることになっていた。この年は50年ごとに来るように決められていた。(レビ記第25章)
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