Re: G博士の謎は解きました!①
投稿者: kakureisibesuto2009 投稿日時: 2009/08/23 01:11 投稿番号: [1610 / 10174]
★今日は用事があって、今、帰ってきたばかりです。それでは、私への質問に意味があるものなら、全て、お答えしましょう。以下がゾーゲン氏の五井野正博士への評価ですね。
>1.五井野氏は確かに救世主の“候補〟だった。ということ
★五井野正博士が救世主候補ということですが、このことについて、私の考えを述べましょう。
★五井野博士の若き頃の行は、空き缶拾いから始まりますが、それは、中学・高校と化学部であり、化学研究家だった五井野氏が、富士五湖の水質汚濁を調査した結果、空き缶のポイ捨てが原因で、富士五湖の水質が汚染され、それにより、魚が汚染され、その魚を食べた人間が病気になる、というのが原因で始まりました。
★空き缶拾い運動は、「リサイクル」という言葉を産み、今の日本や世界では知らない者はいない言葉となっております。
★さて、五井野正博士のデビュー作は「七次元よりの使者」という本で、3次元の意味を超えた、7次元、という多次元へも含んでますので、その意味からも五井野正博士を私の理解するところで、書いていきたいと思っております。
★空き缶拾い運動は、リサイクルという言葉が日本で定着したということもあり、成功でした。リサイクルという言葉は、国が創ったのでも、外国から輸入したのでもなく、日本の20代前半の若者一人の行動により、できた言葉ということです。
★リサイクルという言葉の前は、「ゴミ拾い」とか、「ゴミヤ」という言葉しかありませんでした。しかし、ゴミヤという言葉は、非常に深くて、538年という年号を隠してます。
★538年に日本に仏教が到達した時であり、五井野正博士の著作に「法華三部経大系」という本があり、その本が唯一、今の日本の仏教書であります。他の仏教書と称するものは、近代仏教学というマックスミュラーから中村元の流れですが、それは、仏教ではありません。ここは長くなるので省略。
★さて、五井野正博士の本は、「時間」というのもテーマであり、時間は、直線的に流れるものでなく、上の次元から見れば、歴史上の人物、釈迦もイエス・キリストも五井野正博士の空き缶拾い行に関係します。
★釈迦が城から出る原因は、老人、病人、死人を見て、最後に、若き修行僧を見て、城からでます。釈迦の場合は、家から出るの出家ではなく、城から出るの出城なのです。
★釈迦が見た若き修行僧とは、五井野正博士が空き缶拾いをしている姿です。釈迦は肉眼で若き修行僧を見たのではなく、第三の目(それ以上の目)で、五井野正博士の空き缶拾いの姿を見て、五井野正博士に合いたくて、城から出ました。
★釈迦のその後は省略します。
★さて、第一の質問、五井野正博士が救世主か?の質問で、やたらと長くなりましたが、釈迦仏教の根本原因が、若き五井野博士の「空き缶拾い」ということで、釈迦より、五井野博士の方がレベルは上というより、【 釈迦の師 】が、五井野博士ということです。
★そして、釈迦の弟子にイエス・キリストという者がいて、この者が原因でキリスト教というのが誕生した。釈迦の弟子のイエス・キリストという概念は、ルドルフ・シュタイナーの著作でもでてきます。
★さて、長くなりましたが、結論を言いましょう。五井野正博士という存在は、今まで、地球に降りてきた「救世主」と呼ばれる存在の「大本」であり、「父」ということです。
★全ての救世主の父、だから、創造神であるということです。
( まだまだ、続くが、長くなりすぎなので、この辺で)
>1.五井野氏は確かに救世主の“候補〟だった。ということ
★五井野正博士が救世主候補ということですが、このことについて、私の考えを述べましょう。
★五井野博士の若き頃の行は、空き缶拾いから始まりますが、それは、中学・高校と化学部であり、化学研究家だった五井野氏が、富士五湖の水質汚濁を調査した結果、空き缶のポイ捨てが原因で、富士五湖の水質が汚染され、それにより、魚が汚染され、その魚を食べた人間が病気になる、というのが原因で始まりました。
★空き缶拾い運動は、「リサイクル」という言葉を産み、今の日本や世界では知らない者はいない言葉となっております。
★さて、五井野正博士のデビュー作は「七次元よりの使者」という本で、3次元の意味を超えた、7次元、という多次元へも含んでますので、その意味からも五井野正博士を私の理解するところで、書いていきたいと思っております。
★空き缶拾い運動は、リサイクルという言葉が日本で定着したということもあり、成功でした。リサイクルという言葉は、国が創ったのでも、外国から輸入したのでもなく、日本の20代前半の若者一人の行動により、できた言葉ということです。
★リサイクルという言葉の前は、「ゴミ拾い」とか、「ゴミヤ」という言葉しかありませんでした。しかし、ゴミヤという言葉は、非常に深くて、538年という年号を隠してます。
★538年に日本に仏教が到達した時であり、五井野正博士の著作に「法華三部経大系」という本があり、その本が唯一、今の日本の仏教書であります。他の仏教書と称するものは、近代仏教学というマックスミュラーから中村元の流れですが、それは、仏教ではありません。ここは長くなるので省略。
★さて、五井野正博士の本は、「時間」というのもテーマであり、時間は、直線的に流れるものでなく、上の次元から見れば、歴史上の人物、釈迦もイエス・キリストも五井野正博士の空き缶拾い行に関係します。
★釈迦が城から出る原因は、老人、病人、死人を見て、最後に、若き修行僧を見て、城からでます。釈迦の場合は、家から出るの出家ではなく、城から出るの出城なのです。
★釈迦が見た若き修行僧とは、五井野正博士が空き缶拾いをしている姿です。釈迦は肉眼で若き修行僧を見たのではなく、第三の目(それ以上の目)で、五井野正博士の空き缶拾いの姿を見て、五井野正博士に合いたくて、城から出ました。
★釈迦のその後は省略します。
★さて、第一の質問、五井野正博士が救世主か?の質問で、やたらと長くなりましたが、釈迦仏教の根本原因が、若き五井野博士の「空き缶拾い」ということで、釈迦より、五井野博士の方がレベルは上というより、【 釈迦の師 】が、五井野博士ということです。
★そして、釈迦の弟子にイエス・キリストという者がいて、この者が原因でキリスト教というのが誕生した。釈迦の弟子のイエス・キリストという概念は、ルドルフ・シュタイナーの著作でもでてきます。
★さて、長くなりましたが、結論を言いましょう。五井野正博士という存在は、今まで、地球に降りてきた「救世主」と呼ばれる存在の「大本」であり、「父」ということです。
★全ての救世主の父、だから、創造神であるということです。
( まだまだ、続くが、長くなりすぎなので、この辺で)
これは メッセージ 1600 (zowgain さん)への返信です.
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