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淡々と事実を…・

投稿者: tensin_motomura 投稿日時: 2011/04/05 07:39 投稿番号: [2104 / 2230]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110405-00000008-khk-soci
「ちょっと、家の裏に一緒に来て、見てくれ」
  南相馬市の鹿島区北屋形。3月31日、高台の小野田等さん(58)宅からの眺めに言葉を失った。
  戦前に浅い浦を干拓した数百ヘクタールの水田が、津波で水没した。浦の姿に戻ったままだ。上空を捜索の自衛隊ヘリが飛ぶ。
  「地震で干拓地が1メートル沈下したと、ここの人たちは話している」
  小野田さんは約10ヘクタールの水田を経営し、コシヒカリを自販する。うち3ヘクタールが海の水に漬かった。
  福島第1原発の事故が追い打ちを掛ける。
  田植えに向け、種もみを水に漬ける時期が既に来ているが、福島県は作付けの延期を県内の農家に求める。「いつまで続くのか」と怒りが募る。
  鹿島区は「屋内避難」の指示が出た半径20〜30キロ圏の外にある。
  「家族も家も無事だったが、農家は風評被害に命を奪われる」

  県産農産品の出荷の停止や自粛が相次ぐ中、近隣の生産者から「去年の秋に取れたコメなのに、東京の客から注文キャンセルが入った」とぼやかれた。「放射能など無縁のコメだと常識で分かるのに、なんでだ」
  自身も震災3日目、支援をお願いに会津地方の友人を訪ねると、宿で「放射線検査の証明書が必要」と言われた。「検査会場に行くと、12時間も車中で待たされた。雪の中、2000人ほどがいた。人扱いじゃないとみな怒っていた」
  冬の収入にと、7棟のハウスでイチゴを栽培する。3月が最盛期だが、地元の二つの青果市場は震災後に閉鎖。糖度が16度以上もある自慢のイチゴは赤々と熟す。
  「鹿島区の認定農家はみな60歳前後。田んぼや機械を津波でやられた上に、風評被害。資金も厳しく『もうやめる』と言う人が多い。俺には田んぼが残ったが、周囲の復旧作業もある。今年はここでの稲作は難しいだろう」

  コメを作って23年になる。旧原町市(現南相馬市原町区)の農家出身で、大手の重機販売会社で働いた後、帰郷。妻ひろ子さん(57)とログハウスを建て、1ヘクタールから始めた。
  健康な苗づくりと疎植で強い稲を育てる。防虫液を考案し、コメの水分を保つ工夫も重ねた。「東京の友人も『うまいコメ』と応援してくれ、首都圏以西に150人の客ができた。一つ一つ縁を育てた」
  得意客からは一件のキャンセルもなかった。「何があっても、あんたのコメを食べるよ」「今年も頑張って作れ」との電話が続いた。支援物資を車に満載し、イチゴを摘みに来た東京の料理店シェフもいる。「何よりの励み」と胸を熱くする。
  農家を志す若者を育てる体験研修も企画し、5年前から東京や県内の大学生らがログハウスに集う。その夢も道半ばだ。
  土壌に問題がないかどうか、県が鹿島区内外で調査した。今はその結果を待つ。「今年だけはやむなく、別の地域で10ヘクタール分を借りようと思うが、来年はまたここでコメを作る」
  自宅前に、農家になって最初にコメを作った田んぼがある。この地に踏みとどまり、安全なコメが作れることを証明するため、5月になったら10アールだけの田植えをする。
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