なぜ自給自足の場に税金を強制している?
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2006/12/02 07:11 投稿番号: [1322 / 1931]
自然に生きる場合、ゆとりをもって自給自足するためには、最低1000M2(平方メートル)程度の日当たりのそこそこいい土地が必要であろうと思われる。
不作のときに備えて、自給ぎりぎりではいけないから、このくらいの面積は不可欠であろう。
しかし、この程度までの大地で、しかも自給自足している場合でもそこに一律、それを利用していないで、ただ、所有しているものたちと同じように課税しているのは、おかしい。
なぜ、平和的に自給自足的に生活しようとするそれを不可欠とする人がいて、それが必要であるにもかかわらず、生活にまったく不可欠でなく、それをただ、所有しているものとをまったく同じ扱いをしているのかね?
こういうところを良心的に考慮できないのなら、支配意識として失格ではないかね?
こういうただ、未利用に所有だけしている大地については、その所有面積に応じて課税額を累進的にあげてゆく必要があるであろう。
社会は、平和的に自給自治できる場を平和的に自給自治しようとする意識に配分保障することをしないで、自己責任などと言う権利はないであろう。
金というものが、正しい労働価値のみの等価交換の仕組みになっていない以上、
その裏の秘密の情報を利用して労働価値を持たない金で、買い占めた大地や財産は、すべて所有権など無効であろう。それは賠償されなければならないであろう。
しかも、彼らは、それを知りながら、なお、有り余る金や大地や財産を溜め込んだまま、自発的に平和的に自給自治する権利をそれを実現しようと意志するその資格を持つ意識にすら与えようとしていない。
こんな金持ちや支配意識に、その金を使う資格はない。
また支配する権利資格もない。
一部神霊は、そのあまねく理解する能力があるにもかかわらず、こんな泥棒搾取世界の状態のままでいいとするとは、、、おまけに、自らもそれを利用しようとは。。。。
それが真実を知るものの選択ならば、その意識には、支配的な位置にいる権利も資格もない。
与えるものが、与えられる
その真実の動機と行為の意味において、、、。
これが、本当の法である。
この世界は,このままでいいのか?
その選択、その動機、その行為は、よりよい選択なのか?
問う。
現実で、答えてもらいたい。
これは メッセージ 1321 (yuyu10nen さん)への返信です.
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